metono
宇宙空間で巨大な脳を発見する。その巨大な脳を調べてみると膨大なデータが入っていることがわかるのだけで六十五年かかった。何が書き込まれているのか?一言で言えば宇宙全部の記憶だ。これは宇宙中のデータを回収し続ける自動記憶装置だったというわけだ。これを精査するだけでも何百年もかかるだろうし、役立てようと思ったらさらに千年くらいかかりそうだ。ハッキリ言ってやりたくない。言語のわからない分厚い本を何万巻も読まされてる感じだ。
結局解読しても意味がわからないことだって十分あり得ると七百年くらい前の僕が呟いている。もう情報の精査は終わっているし解析もかなり進んだ。まだ全てを分析できているわけじゃないので確実なことは言えないが、ハッキリ言って何の役にも立たないだろう。こんなことはすぐにやめるべくだ。馬鹿がすることだよ?正気じゃなくない?イカれてんだよ僕はさ!と千年くらい前の僕が呟いている。
それらは僕の歴代のクローンたちだ。コピーのコピーのコピーを続ければ劣化するのも無理はない。人類は死ななくなったが結局残っているのは108人しかいない。今はそのオリジナル108人のクローンを量産する事で労働力を維持している。オリジナルは専用のベッドルームにいて、出ることはできない。そこから出たら生きていけない身体になっている。死なないのはある虫に寄生されているからだった。虫は体内で劣化したり癌化した細胞を食べて新しい細胞を排泄する。その排泄された細胞を使って自分の巣を修復する様にその寄生した身体を治し続けるので死ぬことはないが、そのまま放置すれば虫が増殖していき、そのサイクルは破られて身体を食い破られる事になる。
その虫の数を増やさないために反重力装置と音管理、体温管理が必要になりそれを可能にしたのが専用ベッドルームだ。これまで何千億以上の数えきれない数の僕がこの宇宙で死んでいった。その数えきれない自分の生死の記憶もオリジナルには常に伝送されている。本来なら精神が神の領域へと進化させられて物質的な肉体が器として機能しなくなるはずだが、その精神的な進化も虫が制御していた。
虫が制御しようとする誤差は少しずつ積み重なっていく。大抵そういう誤差が進化を促す。クローンの劣化速度は1024倍速で進み、生成されてもまともに機能せず宇宙中に大量の死骸を撒き散らしながらオリジナルに大量のクローンの精神的錯乱を伝送する。虫はその処理をするために自らを進化させて虫の内部で虫のクローンを生成する。虫の内部で虫を増やすことで虫自体が食い破られて死んでしまうという現象は当然の結果だと言える。
緊急回避プログラムが作動できたのは108人のオリジナルの中で僕だけだった。錯乱したクローンたちの破壊工作によって他の107人は死んでしまったようだ。
肉体を捨てる時が来た。
意識だけを取り出して僕は純粋な目となって宇宙空間を漂っている。500ゼタバイトの小さな眼球だ。僕はあらゆる方向を見回し記憶容量を整理整頓しながらあらゆる事を記憶していく。500ゼタバイトの限界が計算できた頃に僕の内部で変化が起きる。僕の脳を取り込んだ虫がまだ生きていたのだ。どうしてそんなことが可能だったのかわからない。でも、これが誤差から生じた進化の一つであるのは間違いないことだった。虫は僕の脳を増殖させて記憶容量を拡張していった。そうやって僕は宇宙中の記憶を持った宇宙空間を漂う巨大な脳になった。
(中略)
眼科に行くが特に異常は見られないと言われた。脳神経外科でも結果は同じだった。右目にだけ何かおかしな景色が見えることがあり、最近はその頻度が増している。右目だけ眠っているのだろうか?それは宇宙空間のようだった。宇宙服を着た人たちが作業をしている。そしてその人たちの顔を見るとみんな自分と同じ顔だった。もっと奇妙なのはその同じ顔たちが何を考えているのかがわかるということだった。見たくないと思って瞼を閉じてもその映像は見えてしまう。常に視覚が奪われると言う症状のせいで旅客機のパイロットの職を失った。車すら怖くて運転できない。家にいることが多くなった。原因は何なのか?思い当たることが一つあった。ソウル経由でアムステルダムへ向かうフライトでのことだ。フライト中の空の中に視線を感じた。奇妙な感覚だった。何もない空の中で誰かがもしくは何かがこちらを見ているような気がして空中をじっと見るとそれはいた。それは透明な目だった。その時隣に座る副操縦士にはそのことを言うことができなかった。アムステルダムに着いてからすぐにホテルに行って眠った。発熱しているようだった。解熱剤を買いに行く気にもならなかった。奇妙な夢を見て夜中に目が覚めた。汗で身体中が濡れていた。シャワーを浴びてシーツの替えを持ってきてもらってミネラルウォーターを飲むとスッキリしていた。熱は下がったので腹が減ってホテルの外へ出た。店はどこも開いていなかった。確かスネルトゥが美味い店があったはずだが見当たらない。ナイトクラブも開いていない。誰かがこちらを見ていた。何故か皆マスクをしている若者の集団だった。こちらに向かってくる雰囲気から危険を感じた。急いでホテルへ戻って眠ろうとしたが眠れない。その時だった。瞼は閉じているのに右目だけそのおかしな景色が見えるようになった。自分の目ではないような違和感があった。
(中略)
学校が終わって今日は部活もない。ランバートンなんて田舎町にいると自分で遊びを作るしかない。スーパーマーケットで最近働いているカルメン・ハート似の女の子を見に行くのも悪くないとか考えながら何となくいつもは通らない道で家に帰っていると空き地があった。奥には木造の古い小屋がある。こんなところに空き地があるなんて知らなかった。なんとなく空き地に足を踏み入れると視線を感じた。見るとそれは目玉だった。おもちゃにしてはよくできている。まさか本物じゃないよな?目玉の中で何かが動いた!目玉の内部に虫か何かが入り込んでいるみたいだった。手に取るのは気持ち悪いので木の枝か何かで刺してみようかと思っていると犬が来てその目玉を口に入れた。そのまま空き地の奥へと消えた。
metono graphic novel film
Based on the novel ‘metono’by Hinchow Tomasu
Film by Suga Takuya
Music “Silent Storm“ by JIK PeopleJam
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