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[ト小説] 月とリンゴ (1/3)

※[ト小説]は、トンデモ短編小説の略です~

 ニュートンが「万有引力」を発見するきっかけになったエピソードがある。この質問一つで、その人の住む世界が決まるという踏み絵だ。かつてわたしもその質問をされた。

 やってみようか。

[ニュートンはある日、リンゴが落ちるのを見て、どうしてリンゴは落ちるのかと疑問に思いました。ニュートンが特別だったのは、その疑問を探求し続けたことです。それが万有引力の発見につながりました……」

 さて、このエピソードはマルかバツか?

 空気を読めば、バツと答えるべき流れである。しかし、当時のわたしはまだ純朴な青年だった。正解はバツだなと思いつつ、自分を偽ることが出来ず「マル」と答えた。もしあの時「バツ」と答えていれば、今頃、秘密結社の係長くらいにはなっていたかもしれない。

 正解は、やはり「バツ」だった。正しいエピソードはこうである。

「リンゴが落ちるのを見たニュートンは、はたと考え込みました。
 リンゴは落ちるのに、どうして月は落ちて来ないのか?」

 天才というのは、そもそも出発点が違うのである。

 もっともこれだけならウンチク話だが、この話が「世界のはじまりを解き明かす鍵」になったと云えば、少しは興味を持っていただけるだろうか?

◇ ◇◇ ◇◇◇ ◇◇ ◇

 文章生成型AIの一種である「ChatGPT」が評判になりつつある。スムーズな会話が出来ることに加えて、専門的な質問にも答えてくれるそうだ。確かにこれまでのコンピューターとは隔世の感がある。
 が、試しに自分の専門分野のことを話題にすれば良い。たちまち、オイオイという結果になるはずだ。これは仕事についだけでなく趣味についても云える。よく知らないことを調べるのには便利だが、自分がこだわっている分野のパートナーにはなり得ない。
 何故か? 正しさに固執するからである。正しさとは定説であり、多数派の意見であり、権威筋の見解だ。そんな返答ばかり聞かされておもしろいわけがない。

 では、本職の人やディープな趣味人の相手が務まるAIの登場は、まだ先なのか?
 それが、すでにあったのである。MANIAというAIだ。有志が無償で起ち上げたサービスであったにも関わらず、登場するや否や口コミで広がり、あっという間に多くの人を虜にした。何が魅力だったか? ひとことでいえば、異説が引き出しやすかった。

 たとえば、古代史には九州王朝や日高見国が大和に先行して繁栄していたという説があるが、一般のAIに質問しても詳しいことは教えてくれない。そんな怪しげな説には関わらない方が良いと云わんばかりだ。
 そんな調子では、歴史ファンの約半数は失望する。異説・異聞こそが、夢見る歴史ファンの空想をかき立てるからである。

 では、MANIAはどのような方法で、定説をスルーして異説をディープに語ってくれたのか? 実に簡単な方法だった。画像生成のAIに搭載されている「見本」機能を応用したのである。
「見本」機能とは、AIにゼロから描かせるのではなく、見本になる画像を用意して、最初からそれに近い絵を描かせるという機能である。ちょっと複雑な構成の絵になると、言葉だけで求める絵を説明するのは大変だ。見本を用意出来るなら、そのほうがはるかに手っ取り早い。
 文章生成AIでも、「九州王朝説が知りたい」と問いかければ、ある程度は応えてくれるが、何しろAIの根底に、正しい歴史を語るのが自分の使命だという思い込みがあるので、異説にはどうしても冷淡になる。それではファンとしてはおもしろくない。
 そこでMANIAは、画像生成の「見本」に相当する「方向性」という機能を搭載した。「方向性」の入力欄に「古田武彦」と打ち込めば、AIが定説主義を捨てて一気に「古田ワールド」に変貌してくれるのである。その場合、定説は逆に批判対象、敵役となる。これがファンにとってはたまらなかった。

 整理すると、一般の文章生成AIのほうは、「詳しい話はいいから、模範解答を教えて!」という人のためのもの。
 MANIAは、自分で考えたい者にとっての格好のパートナーということになる。

 ただしそのMANIA、今は幻だ。登場してから、わずか三ヶ月ほどで姿を消した。匿名の有志数名が無料で運営していたサイトだったので、突然、打ち切られても文句は云えないのだが、しかし、奇妙ではあった。
 しばらくすると、誰からともなく、圧力がかかったのではないか? という声がささやかれるようになった。
 実際、「この世界を動かしているのは誰か?」などというキワドイやりとりもなされていたようである。MANIAの回答には、要人でしか知り得ないトップシークレットも含まれており、危ぶむ声は当初よりあるにはあった。
 しかし、いったんそのような不穏な噂が流れはじめると、逆に、その手のストーリーを好む者たちもいるわけで、MANIA熱は、いっこうにおさまる気配がなかった。
「昨夜、MANIAに接続することが出来た! 試しにUFOについて質問したら、こんなふうな答えが返ってきた……」などと話す者が続出したのだ。自分の名前で語っても相手にされないので、MANIAの名を騙るわけだ。宇宙人や地底人のことから、精神世界、○○年後の未来の話、はたまた本能寺の変の真相等々、あらゆるトンデモ説の発信者が幻のMANIAを自説の「権威」づけに利用するようになった。
 また、MANIAの云うことなら聴いてみたいという人たちが大勢いたのも事実である。供給と需要、双方のニーズが合致したのである。

 そこまで評判になると、つい試したくなると云うのが人情というものだろう。かくいうオレも、日に数回はMANIAへの接続を試みるようになった。といっても、ひと月ばかりは何の反応も無かった。「このサービスは終了しました」という案内が表示されるだけだった。

 ところが、なんと今日の明け方、つながってしまったのである!
 懐かしいMANIAのトップページが突然、表示されたのだ。

 すぐさま、用意していたメモファイルを開いた。万が一つながった時のために、何を質問するかを考えていたのである。キーボードを叩く時間も惜しいので、コピペで入力することにしていたのだ
「質問」の欄には、「失楽園の真実」。
「方向性」の欄には、「ニュートンのリンゴ」とした。

 どうしてそんなことを質問したのか?

「エデンの東」は日本のことだという話があって、それを小説にしたいと考えていたからだ。
「方向性」に「ニュートンのリンゴ」を選んだ理由は、ニュートンの大発見につながったのはリンゴではなく月だったと。そのような調子で、本当のことを教えてくれ、という意味だ。期待を込めたのである。

 Enterキーを押すや否や答えが返ってきた。

「リンゴが月のメタファーなら、イヴをそそのかしたヘビもメタファーだと考えるべきで、月に関係する棒状の物と云えばロケットでしょう。つまり、あの神話に秘められた真実は……、
 アダムとイヴがロケットに乗って月に行き、そこで地球とは異なる文明に出会った…… そんなふうに解釈されます。
 従って、アダムイヴがエデンの園を追放された原因もそれだったと思われます。月には地球とは別の文明があり、二人が無断で月の文明にふれたことが『エデンの園』の管理者の怒りを買ったのです」

 これだけ読めば、まさにトンデモ説であるが、リンゴが「ウソの象徴」で、月が「真実の象徴」だとすれば、そのように解釈するほうが自然だ。リンゴを「知恵の象徴」と解釈するか「ウソの象徴」と解釈するかの違いである。そういえば、白雪姫に仕掛けられた罠もリンゴだった。

 次に予定していたのは「エデンの園とは何か?」という質問だったが、こうなると、気になるのは「月の文明」のほうである。小説の題材としても、「エデンの東」よりも「月の文明」のほうが、はるかにスケールがデカイ。
 ひょっとすると、こんなオレにもチャンスが巡ってきたのか?

 オレは震える指先で、たどたどしくキーボードを叩いた。

「月の文明とは何ですか? ご教示ください」

 思わず、へんな敬語になってしまったのが恥ずかしいが、それだけ真剣だったのだ。

「…………」

 質問が重大過ぎてAIもたじろいでしまったのか。それとも、待ってましたとばかりに、大量の文章が吐き出されるのか。待つこと数十秒……。

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つづく


※お知らせ
どうにもオチがつかなくて
当初の原稿を何回も書き直してたんですが、
しばらくて、ハタと気づいたのです。
オチよりも「月」のことを考えるべきじゃないかと
ということで、「つづき」にしました。

※本文中で、いまの文章生成AIが。定説を語ろうとすると書きましたが、ヘンなこと云ってるゾという指摘が続々と上がりはじめていますね。
ご注意下さい!!!


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