ショートショート_困った口癖[ブラック]
「このGPUForce社って、すごいのか? 首相が先方のトップに直々に頼んだそうじゃないか。製品を売ってくれって」
「元は画像処理のパーツを作ってたメーカーなんですけど、ゲーム用で業績を伸ばして、そこにブロックチェーンやAIという新しい用途が出てきて、今や超優良企業です。
特に生成AIにはこのパーツが必須なんですが、供給が追いつかないとか。たとえていえば、戦国時代の火縄銃ですね。巨大企業でもこれを揃えないと戦えないという。大企業の業績は国全体に影響しますから、それで政府も動いたんでしょう。経済団体が働きかけたのかも知れません」
「なるほど。首相が自ら乗り出すだけの価値はあるわけだ。支持率の低い首相だが、頑張ってくれてるんだ」
「…………」
「なんだ、云いたいことがありそうだな?」
「そういえば『うってくれ』と頼むのは今回が初めてじゃないなって」
「ああ、ククチンのことか。そうだな、あの時も首相自ら買い付けに動いたな。結果的には、足りないどころか大量に余ったみたいだが」
「ですから、はじめは外国のメーカーに『売ってくれ』と頼んで、しばらくすると国民にどんどん『打ってくれ!』になったわけですよ。『うつ』の漢字が違いますけど」
「なんだ、ダジャレか。しかし、ククチンではケチがついたが、今回はその名誉挽回が出来そうじゃないか。まさかそのパーツで副反応は出ないだろうしな」
「だといいんですが……」
「心配なことがあるのか?」
「何しろトップが来ましたからね。共同開発の話もあったようですが、常識的に考えれば、弱い立場の者が出向くのが筋でしょ? こっちの会社のトップが出向いていっても末席の役員に会ってもらえるかどうか。それくらの力の差があるわけですよ。なのに超優良企業のトップ自らがやってきた……」
「ウラがあるのか?」
「同じ日のニュースに、WEB上で画像生成をやってくれるサービスの記事も出てたんです。リアルタイムになるようです」
「…………」
「わたしの理解では、処理時間が30分の1程度に短縮されたみたいです。3分かかっていた処理だと6秒程度になります。その新しい技術というのはハードではなくソフトです」
「…………」
「わたしもちょっと画像生成をやってるんですが、一回の処理にかかる時間はだいたい10分程度です。それを短縮するには高価な画像処理のパーツを買うしかありませんでした」
「GPUForce社のやつか?」
「はい」
「じゃあ、そのWEBサービスが登場すれば、GPUForce社の高級パーツを買わなくてもいいと?」
「記事を見る限り、そうなります。
もっとも画像生成なんてAIのごく一部ですし、AI市場そのものが急拡大していく段階ですから、影響はほとんどないと思います。しかし少しでも売り上げが鈍化すると株価が反応しますよね? 数%の下落でもものすごい金額です」
「GPUForce社のトップがわざわざやってきたのは、そのリスクを察知したからか……。今、供給するんじゃなくて先で売ってやるという話だからな。在庫の予防としては最高の条件じゃないか…… 先手を打ったわけだな」
「素人の想像ですよ。でも、わたしの推理はアテになりませんが、『うってくれ』はどうも縁起が悪いような…… そっちのほうが気になります」
「…………」
「深刻に考え込まないでください。トンデモ話です」
「いや、案外、当たってるかもしれんぞ」
「GPUForce社のパーツが高い買い物になるということですか?」
「そんなことはオレにもわからんが、言葉にはコトダマってのがあるんだろ?」
「『うってください』は忌み言葉ではないと思いますが」
「元の意味は悪くなくても、悪い使い方をすれば穢れていくもんだろ?
『うってくれ』が使われたのは、ククチンの時が最初じゃないんだ」
「?」
「困ったことが起きたら、その度にキタに頼んでたっていうウワサは聞いてるだろ?」
「国民の目を逸らすために、てやつですか?」
「そうだ。アレだって……」
「うってくれ!」
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