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[暮らしっ句]水仙(黄水仙)[鑑賞] 

 黄水仙 そういうことに揺れないで   中原幸子

「黄水仙」に語りかける体で、自分自身に云い聞かせている。
 水仙って、託されやすいタイプ?
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 憧れの まだある齢 黄水仙  芳賀雅子

「ねえ、あなたなら、わかってくれるでしょ?」
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 独り住まひ それもまたよし 黄水仙  伊吹之博

「なあ、お前もそう思うだろ?」
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 打掛の花嫁 異人 黄水仙   篠田純子
 少年のような少女や 黄水仙   近藤千雅

 この二句の場合は、外国人の花嫁さんや少女のスラリとした様子が「黄水仙」に重なったのだと思いますが、気分的にはやはり語りかけている。

「外国人がまさか打ち掛けを着るとはびっくりしちゃったわね…」

「あのコすごくカッコよかったわね。ねえ、あなたもそう思ったでしょ?」

 語りかけてないけど、その場の空気を共有している場合もあります。
 茶化すな! と怒られそうですが、こういう愉しみ方もあるかと

 水仙にひたと見られて老いにけり  萩原記代

(見てへん)
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 水仙の揃ひて われの方を向く  庄中健吉

(あんたがオレらの前に立ったんやろ)
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 まつすぐな別れの手紙 黄水仙  半澤佐緒里

 「黄水仙」は、たまたまそこに居合わせただけ。でも、作者は「黄水仙」を強引に巻き込んでいる。

「ねえ、あなたも見たでしょ。さあ、どうしましょ」
(知らんがな)
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 みなねむり水仙だけが立っている  窪田丈耳

(ほっといてくれ!)
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失礼しました。
最後に少し考えさせられた句を二つ。
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 逢ひに行き 逢はずに帰る 黄水仙  熊川暁子

 相手が留守だったわけではないのに、インターホンも押さずに戻ってきた。案外、近い経験をしたという方が多いようにも思いますが、自分自身でもよくわからない謎の行動……。
 じゃあ、行かなかったのと同じか?
 というと、それは違う。少なくとも自分の中では大違い。でも、相手にとっては同じですね。気づかれなければ何の意味もない。でも、メモ一枚だって「強すぎる」気がして控えたわけです。そこまではわかります。でも、それだと「謎」は少しも解けません。
 手がかりは「黄水仙」。
 たまたま、訪ねようとした家の近くに咲いていたのでしょうが、ほかにも「信楽の狸」が置いてあったかも知れないし、寒雀がいたかもしれません。どうして「黄水仙」なのか? それはわかりませんが、ともかく作者は「黄水仙」には挨拶をした。
「黄水仙」が「誰かが昼間、訪ねてきたよ」と云ってくれるはずもないのですが、心情的にはたぶんそういうところでしょう。おそらくそれが謎を解く鍵なんです。
 訪ねていったけどそのまま引き返した…… そのココロは?
 会いたくても会えない。自分としては会いたい。しかし、客観的には会わない方がよい関係。別れた恋人のようなもの。もしそうなら、逢いに出かけたことと、痕跡も残さずに引き返してきたのは、どっちにも意味があって、その行動は謎どころか、それこそが正解だった。
 人間というのはフクザツですね。
 でも、プラスマイナスゼロかというと、それは違う。途中でバッタリと出くわす可能性があったんです! その場合は運命。だから、よりが戻ることにはなりませんが、例外的に、ほんの少し一緒にいられるかも知れない。それはあり得た。
 つまり、作者は相手の家のドアはノックしなかったけれども、「奇跡の扉」をノックしてきた。そんな「奇跡の扉」がこの場合「黄水仙」だった……。「信楽の狸」でもよかったと思いますが、そこは作者のセンス~

 え、「ストーカー」?
 難しいところですね。この句のようなケースでも、実は相手に気づかれている可能性もある。たまたま相手が在宅していて、しかも窓辺にいたとか。相手の立場に立てば、元恋人が家の前にいて無言で引き返したわけで、脈があれば追いかけるでしょうけど、脈がないと気味が悪い。やっぱり自宅を訪ねるのは、やめたほうがいいですね。特に元恋人とかの場合は。
 この句は、全然そんなこと云ってないんですけどね!
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 背ナ撫づるだけの見舞ひや 黄水仙  高尾豊子

 意識すら薄れている状態なのでしょうか。普通は、それでも話しかけるものですが、それもためらわれた……。
 先ほどの「訪ねたけれども会わなかった」の句と似てますが、この場合の「黄水仙」は「奇跡の扉」ではなさそうです。
 どうも「延命治療」の問題がありそう。句の中には、そんなこと少しも描かれていませんが、「治して!」と願ったのではなく「苦しむことがないよう見守ってあげて……」と思ったのではないかと。
 もし、その憶測が当たっているのなら、遠からずお別れの日やってくる。ちゃんと見送ることが出来るのか…… 見守って欲しいのは作者も同じ。
 ああして欲しい、こうして欲しいという願いではなく、ただ見守って欲しい…… そういう透明な祈りには、「花」がふさわしいですね。
 風に揺さぶられるような可憐な存在を支えにしたい心持ち……「花の美しさなどない。あるのは美しい花だけだ」とも云いますが、「花のように健気な心」はある!

出典 俳誌のサロン 歳時記 水仙 黄水仙
黄水仙 2


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