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[SF短編]りょうしようもない話[コント]

底辺A「また、へんなこと考えてるみたいだな」

底辺B「量子コンピューターについてのわかりやすい話を聞いたんだ」

底辺A「ほー、相変わらず一銭にもならん話だな。そんなヒマがあればもう少しバイトを増やせばいいものを。年々老化して、どんどんきつくなるぞ」

底辺B「それもそうだけど、好きなことを考えられるのも今のうちだと思うと、ついね……」

底辺A「まあな。世の中、底辺が長生きできる環境ではなくなってきたから
な。老後の心配は要らんかもしれん」

底辺B「そういうこと」

底辺A「量子コンピューターって、どこまで進んでるんだ? パソコンが量子コンピューターになる日が近づいてるのか?」

底辺B「今のコンピューターとは別物みたいよ。今のコンピューターが爆速になるんじゃなくて、今のコンピューターでは計算しきれないものの中に、量子コンピューターが得意な計算がある、という感じかな」

底辺A「云ってることがわからん。大は小を兼ねないのか?」

底辺B「みたいだね。今のコンピューターで間に合ってることを量子コンピューターで置き換える必要はないみたい」

底辺A「なんか具体例を挙げてくれよ」

底辺B「そうだなあ。たとえば、電子かな。
 電子って実在はするけど確率的にしか存在しないんだよ。地球が太陽の周りをまわっているような感じじゃないんだ。周回コースのようなものはあるんだけど、電子は常にそこを移動してるわけじゃなく、神出鬼没でそのコースに出現することが多いというだけ。その瞬間どこに現れるかは確率なんだ」

底辺A「なるほど、そういうのを計算するのは大変そうだな」

底辺B「量子コンピューターは『重ね合わせ』で計算するって云うでしょ? 『重ね合わせ』って『鶴の恩返し』のあれみたいな存在なんだってよ。納屋から出てきたら女性。納屋をこっそり覗くと鶴。観察しなければ、どっちかわからない。量子ってそういうものなんだって」

底辺A「鶴が女に化けた話じゃなかったのか?」

底辺B「タヌキやキツネじゃあるまいし。あれは『重ね合わせ』と考えるべきなんだって」

底辺A「こじつけっぽいけど、ともかくその量子とやらの計算に適しているのが量子コンピューターということか?」

底辺B「みたいだね。実際には宇宙のシミュレーションとかやりたいみたいだけど」

底辺A「どのみちオレたちの生活には、まったく関係がなさそうだな」

底辺B「そこなんだけどね。そこをちょっと考えてたんだけど、まったく関係がないというのはその通りなんだけど、どうしてだと思う?」

底辺A「オレたちの稼ぎや生活費なんてパソコンどころか電卓で十分だからな。なんなら、電卓もいらん」

底辺B「ははは、そりゃそうだけど。もう一つ根本的な理由があるんだ」

底辺A「なんだよ?」

底辺B「四十代くらいまでは結婚に期待してたよね」

底辺A「そうだな。今から思うと、宝くじをアテにするようなものだったけどな」

底辺B「だね。生活力ないから結婚できないのに、結婚すれば貧乏でも幸せになれると思ってたんだから、笑っちゃうよね」

底辺A「ぜんぜん笑えん。イタ過ぎるわ!」

底辺B「もしね、あの頃のボクたちが量子コンピューターを持ってたとしたら、運命は変わっていたと思う?」

底辺A「それって、もし魔法が使えたら、というような仮定だな?」

底辺B「うん」

底辺A「カネをくれ、というのは無理なんだろ?」

底辺B「もらえるのは情報だけ」

底辺A「難しいな……。というか、いかにオレたちがカネから縁遠いところに生きているかってことだな。頭のいい連中なら、相場とか資産運用とかそういうことを質問するのか?」

底辺B「どこの株を買えば儲かるというようなことは、たぶん答えてくれないと思う。たとえわかっていてもね。そこはフィルターがかけられているはずだ。でも、その手前のことなら、答えてくれる可能性が高い」

底辺A「手前?」

底辺B「よくわからないけど、通貨供給量がこうなるとこうなるとか、それとそれさえわかれば予測がつくということがあるんでしょ」

底辺A「なるほど。その道のプロにすればそうなんだろうな」

底辺B「でも、それは今のコンピューターのレベルなんだよ」

底辺A「量子コンピューターはもっとすごいのか? 想像がつかん」

底辺B「宇宙が計算できるというのは、いわば神なんだよ。神様からしたら、たいしたことないかもしれないけど、人間から見れば神だよ。量子コンピューターというのは」

底辺A「…………」

底辺B「さっきの結婚のたとえでいうと、今のAIなら、どうすれば結婚できるか、訊けば教えてくれる。ハウツーをね」

底辺A「ほんとかよ、年収を四倍に増やす必要があります、なんて云うんじゃないのか!」

底辺B「ピンポーン~」

底辺A「からかってるのか?」

底辺B「いや、まじめな話。量子コンピューターならたぶんこう答えてくれるよ。<アンタには結婚はムリ。ほかのことで幸せを探すべき>ってね」

底辺A「今なら腹も立たんが、四十代のころに聞いてたらブン殴ってるところだぞ」

底辺B「何が云いたかったかというと、今のコンピューターは尋ねたことに答えてくれるけど、それだけ。
 量子コンピューターはその一億倍もの計算ができるから、役に立たないハウツーなんか云わないんだよ。核心を教えてくれる」

底辺A「オレの人生がさえないのはオレがバカだからで、それは結婚では挽回できなかったということか?」

底辺B「大正解!」

底辺A「うれしそうに云うな! お前だって同じじゃないか!」

底辺B「そうだよ。だから、喜びをわかちあってるんだって」

底辺A「つまり何か、量子コンピューターはオレたちには猫に小判ということか?」

底辺B「ホームラン~」

底辺A「時間をムダにしてしまった。帰るわ」

底辺B「せっかくだから結論を聴いてってよ。
 今の話を一般化するとだね。こうなるんだ。
 量子コンピューターはとてもつなく優秀だけど、使うものがバカならどうしようもないってこと。この三日間、ずっと考えてたんだけど、そこに気が
付いた」

底辺A「…………」

底辺B「バカというとあれだけど、仏教でいう『我』というやつだね。自分の考えにこだわってると、量子コンピューターはまったく宝の持ち腐れになる。だって向こうのほうが神レベルなんだよ。それを凡人が使いっ走りにしようと思うこと自体が間違ってるんだ。
 これって、まだ世界でだれも指摘してないことじゃないかって思うんだよね。皆、口をそろえて、すごいことになるぞって話ばかりしてるからね。使う側の人間のことを忘れてるんだ。
 悟る、くらいの境地にならないと量子コンピューターは使えないと思うな。断言してもいい!」

底辺A「どうしようもない底辺のくせに大きく出たな」

底辺B「ボクたちは『どうしようもない』に関してはオーソリティだからね!」

底辺A「しかし、そう考えるとなんだな。
 結果的には箸にも棒にもかからん人生だったが、今度こそはとか、あれさえあればと性懲りも無く夢を見てこれたのは幸せだったのか

底辺B「だね。若いころに、先のことを正確に云い当てられていたら、生きていけなかったかも」

底辺A「そうすると量子コンピューターが実用化された後の若者たちは、オレたちより一億倍くらいつらいことになるかもな」

底辺B「個人のシミュレーションなんかあっという間にできるからね」

底辺A「りょうしようもないな」

底辺B「?」

底辺A「『どうしようもない』の一億倍くらいの絶望感……

底辺B「量子に掛けたのか……。
 でもちょっと待って。絶望って自分に対して期待しなくなることだから、そこで『我』を捨てられたら、ワンチャンあるかもよ!

底辺A「底辺の方が崖っぷちだから、逆に見込みがあると云うことか?」

底辺B「そう、しかも歳食ってる方がもっと崖っぷちだし~」

底辺A「何だか愉しくなってきたな。でも『我』を捨てられても量子コンピューターがなかったら、ただの爺さんじゃないか。いつなんだ、その量子コンピューターが普及するのは?」

底辺B「三十年後~」

底辺A「生きとらん!」

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