冬源郷(1/4)[Story+image]
桃源郷の話を聴いて、すっかり見せられた子どもがいました。
ロボットや超能力や勇者よりも、皆が穏やかに仲良く暮らす村に行ってみたいと思ったのです。
しかし、桃源郷は古い中国の記録です。それが事実だったとしても場所も時代もかけ離れています。子どもでも、さすがに無理だと思って大人になってから探そうと、いったんは忘れていました。
でも、大人になるととても忙しく桃源郷のことを思い出したのは、老後のことを考えるような歳になってからでした。
そんな年頃になると健康法が気になります。それも若い頃と違って、なるべく伝統的な自然に即したやり方です。仙人について書かれたブログに出会ったのはそんな流れからでした。ブロガーは何と中国の奥地まで出かけていって、仙人に会って話を聴いてきたそうです。にわかには信じられませんが、不食だったそうです。霞を喰って生きている……というのは、食べなくても生きていられるという意味だったようです。ブログには桃源郷についての記事もありました。すっかり歳をとってはいましたが、元少年は歳を忘れて食い入るように読みました。
そこには「桃源郷は今も存在するが、時空が違うので闇雲に探しても絶対に見つからない」と書かれていました。だから、どんな高性能の衛星カメラでも写らないと。
では、とうすればいいのか? 時空が違うと云うことは、条件さえ揃えばその先の角を曲がるくらいに易々と辿り着けるのだそうです。つまり、ここ日本からでも行けるチャンスがあると。
ただし、一瞬で移動できるのは仙人の技であり、一般の者だと山を越えたり川の上流を遡るという試練が必要とありました。というのも、そういう過程を経なければ、心の準備が出来ないのだとか。
元少年は覚悟を決めました。体力の衰えを考えると、先延ばしにすればするほど難しくなるからです。
しかし、やるとなると、その記事だけでは不完全だと思いました。山を越えることなら登山家がやってることですし、沢登りだって登山者ほど多くはありませんが愛好家たちがいます。でも、彼らの誰一人桃源郷に行ったという人はいないのです。何か特別なタイミングがあるのではないか…… 元少年はそう考えました。
何十万何百万という登山者の誰一人として登らないタイミングとは何時か? 時間帯で云えば深夜。季節で云えば厳冬期でしょう。しかし、冬山にも独特の魅力があり、やはり登山者が絶えることはありません。また、雪山は見通しが良いので、桃源郷があれば、遠くからでも見つけられるはず……。
(まてよ。逆に考えればいいんだ。桃源郷が視界の悪い時にしか行けない場所なら、どんなにたくさんの登山者がいても誰も辿りつけないはずだ! そんな時に歩き続けるのは危険すぎるから)
元少年は、無謀にも厳冬期の深夜、吹雪の日に吹雪が吹き付ける方角に向かって出発することにしました。
吹雪は、北東の山から吹き降りてきていたので、最初はその方角に向かって登山を開始しました。が、途中で吹雪が谷筋から吹き込んでいることに気づき、いったん谷底に降りて、そこから川の上流を目指すことにしました。
それはそれは苛酷な行程で何度も挫けそうになりましたが、ある程度、進むと迷いが吹っ切れました。引き返そうとして途中で道に迷えばそのほうが遭難の危険が高いからです。
とはいうものの、上流に行けばいくほど吹雪は強まり、まるでその先に吹出し口があるかのようでした。これならどんな登山家だって物陰に隠れて様子を見たに違いありません。誰も行かないタイミングがチャンスだとすれば、いまがそのチャンス! そう覚悟を決めて突き進みますと、果たして、トンネルを潜り抜けたかのように、吹雪が消えました。
あたり一面、雪景色ではありましたが、凍てついた身体が回復するほど、暖かな日差しが降り注いでおりました。まるで別世界です。
見ると、向こうの方で子どもたちと犬が遊んでいます。
いや、クマまで一緒です! そんなことがあるのでしょうか。まるで絵本のようでした。
(なるほど、これが桃源郷というものか……)
つづく
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