[俳句ミステリー]古池は暗号だった!「芭蕉」其の二
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橘諸兄とは何者か?
教科書的な解説はほかで参照していただくとして、簡単に言うと、諸兄は菅原道真のような立場の政治家でした。一時は藤原氏を押しやるか、というところまでの勢いがありましたが信頼関係が強固であった聖武天皇が代わったのを節目に、結局は敗れ去りました。
もちろん諸兄と道真とでは大きく異なる点もあります。諸兄は学者ではなく三世王(天皇の曾孫)であり、かつ実母の再婚相手があの藤原不比等で、妻も不比等の娘。つまり、広義には藤原一門でもありました。ですから、はじめはむしろ親・藤原で、天皇の近くで働くにつれ天皇への思いが高じて、反藤原になったと思われます。
最後、殺されなかったことも大きなポイントです。殺されると神として祀られていた公算が高いからです。殺されなかったことで、一般人からすれば印象が薄い存在となりました。
とはいえ、悔しい思いをしたことにかけては最大級でしょう。『万葉集』に収録されている諸兄の歌を見れば真面目過ぎるほど。野心があっての挫折なら割り切れる部分もあるでしょうが、潔白実直な者が陥れられたとなると死んでも死にきれない……。
なぜ、諸兄のこの点に注目したかですが、それはわが国の心情に「怨霊信仰」や「判官贔屓(ひいき)」など敗者に強く惹かれる素地があるからです。聖徳太子、菅原道真、源義経等々、滅びのヒーローの人気はかなり根強い。文芸においても定番中の定番。橘諸兄がその中に入ってないのは、一つには殺されなかったからですが、別の云い方をすれば『万葉集』のせいだと思います。
この後、述べますが、橘諸兄は『万葉集』の原型(※「日本歌集」としておきます。おそらく勅撰歌集)に自分の思いを託していたのではないかと思うのです。その場合、一番大事なことは「日本歌集」を完成させ公にすること。今、自分が下手に行動すれば、自分の身だけでなく「日本歌集」が焼かれる危険がきわめて高い。だから、抵抗を自重したのではないでしょうか。
でも、その事情がわからない一般人には、最後が尻すぼみに見えてしまう。それでは神にも祀られませんし、人気も出ません。
ただ、存在自体は他の滅びのヒーローたちと比べても遜色がない。文学的に云えば、相当な「哀しみや怨み」があるわけです。
つまり、芭蕉が取り上げる価値が十分にあった……
つづく
画像は、kikuzirouさんの作品です。ありがとうございました。
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