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[幻聴ラヂヲ]テーコクさん

 今日の「幻聴ラヂヲ」は、めずらしく介護の話だった。
 たぶん、ベテランの介護職のインタビュー。
 ただ、そこは「幻聴ラヂヲ」のことなのでいつものように別世界の話へと展開した。

◇ ◇◇ ◇◇◇ ◇◇ ◇

 若い頃、介護保険の導入前のことですけどね、外国に視察にやらされたんです。関係者なら誰もが耳にしたことのある有名なとこです。
 そこに「ダイヨンテーコク」という個室があった。むろん、職員の間での隠語ですよ。正式には、○○○号室という番号がふられているだけ。

 わかります? 「ダイヨンテーコク」って?

 ま、気になったら跡で調べて下さい。トンデモ用語です。ワタシは、そっちの話が好きだったんで、すぐにわかりました。この国では、そういうのがフツーにジョークになってるんだと、ちょっと嬉しくなりまた。そうジョークだと思いました。当然でしょ。

 ところが会ってみると、その部屋の主「テーコクさん」、どうもかのソートーの面影があるんですよ。すっかり白くはなってましたが、鼻の下にも例のヒゲがありましたしね。眼光はなお鋭かったし、孤独の深さが尋常ではない。
 凡人が孤独になると、うつ病になるんですよね。深まることはないんです。孤独が深まるには並外れた強さと、それから世界に対する諦観のようなものが必要。

 ある日、隣接する保育園の園児たちが慰問に来てくれましてね。子どもたちには老人を元気づけるチカラがあるんですが、そこの施設ではいち早くそれを仕組みとして導入していたんです。

 でも、老人にとっては有り難いですが、子どものほうはどうでもいいわけですよ。老いぼれた年寄りなんか。むしろ敬遠したい相手。祖父母になつくのとはわけが違います。
 わたしだって小さかった頃、曾祖父母の家に連れて行かれたときには、後ずさりしましたからね。もう家全体が黄昏れてましたし、本人たちは、しわくちゃのシミだらけですし、何んかコワかった。

 そんなわけですから、慰問もたいていは形式的。まず歌が何曲か歌われ、園児の側からは手作りの作品が贈られ、年寄りからはお菓子がお返しされ、その後に交流の時間が少しあるんですが、まあ、ぎこちなく握手して、ひと言ふた言の言葉が交わされて、それでお開き。どこの施設でもそんなもんだと思います。

 しかし、そこは違った。わぁっと人だかかりが出来て、その輪の中にいたのが「テーコク」さん。ふだんとは別人のような笑顔で、おどけたジェスチャーなどもして、まるでテーマパークのキャラクター、園児たちをすっかり虜にしていたんです。車椅子ですから、そんなには動けないんですけど。

 本物だ…… と直観したのは、その時です。

 正確に言うと、その時はね、頭が全力で否定したんです。そんなことはあり得ないと。そんなはずがないと。
 ソートーが生き延びていて、しかも、レンゴー国の高級老人施設で悠々と余生を過ごしているなんて…… 絶対、あり得ないじゃないですか。

 なぜ、その時、本物と思ったか?

 魅力が魔力レベルなんです。将校なんかは震え上がる。兵隊はやる気にさせられる。子どもは? なつくんですよ。女性だと惚れるそうですね。怪物が凶暴というのは、おとぎ話。

 ワタシの口調も好意的?

 わかりますか? ソートーから声をかけられましてね。たった一言ですけど、もう好感度、爆上がり。カリスマというのは、ああいう人のことを云うんでしょうね。

 あ、失敬。話が横道に逸れました。ソートーのことはもう忘れて下さい。
 ワタシが云いたかったのは、介護の仕事も、やってればいろいろあるということです。社会の底辺とか周辺の仕事と思われがちですが、ちゃんと向き合っていれば、真実を垣間見れるチャンスもある。
 真実って、案外、おだやかな世界かな、ていうのはあります。台風の目のようなもんです。暴風雨は周辺の出来事じゃないですかね。
 激しい仕事が社会の中心だというのは違うかも知れません。あんまり云うとあれですけど、介護施設の静けさ穏やかさは、逆に世界の中心だからじゃないかって……。内心ではそう思あこともあります。口にはしませんけどね。バカにされるだけですから。

 今回は外国の話をしましたが、国内でも同じです。勤め先のことは守秘義務があるんで、勘弁して下さい。

 さわりだけ?

 宇宙人の介護もしていた…… と云えば、信じてくれます?
 いま話題のリンリン食。施設では、以前から当たり前のようにお出ししてました。リンリンしか食べてくれない人がいたんです。プロフィールはマル秘。職員にもですよ! 介護方針だけが降りてきてました。リンリンって当時は、かなり高価だったんで印象に残ってます。
 最近、大量生産するようになったそうですが、宇宙人が増えてるんじゃないですかね。リンリン食の。わたしの勘が当たってれば、みんなに喰えといってるわけじゃなく、宇宙人がムシャムシャやっても目立たないようにする、狙いはそっちじゃないですか。

 宇宙人の見分け方?

 よくそんな映画があるじゃないですか。ふだんはすっかり溶け込んでいるという。まさにあんな感じ。ワタシなんかより、よっぽどマトモですから。
 というか、もしあなたが狙われたら、ものすごく魅力的に感じられると思いますよ。気をつけなければいけないのはそういう時。

 そんな時には、どうすればいいか?

 そぉーと、ムシ! 気づかないふりをするのが一番~

 

 


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