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彼女は頭が悪いから

2018年に発売されてから気になってはいたが未読だった本書がAMAZON Unlimitedのリストにあったので、さっそく読んでみました。そして得も言われぬ後味の悪さが残りました。

この小説は2016年の東大生による集団強制わいせつ事件に着想を得た直木賞作家である姫野カオルコが書いた小説です。ルポタージュでなくフィクションなのですが、限りなく事実に基づいた描写がされているのは、様々なサイトをチェックしてわかりました。

ベースになっている事件の記事です。

有名大学の学生によるこの手の事件は他にも多々あります。おそらく、一番有名かつ悪質だったのは、早稲田の「スーパーフリー事件」でしょう。この事件は社会的反響も大きく、法律さえも変えました。

一方慶応のミスコンを運営している団体が起こした事件も記憶に新しいです。こちらは大学の対応のまずさに対してもバッシングが起こっていたのを覚えています。

本題に戻ります。まずAMAZONからあらすじを抜粋します。

横浜市郊外のごくふつうの家庭で育った神立美咲は女子大に進学する。渋谷区広尾の申し分のない環境で育った竹内つばさは、東京大学理科1類に進学した。横浜のオクフェスの夜、ふたりが出会い、ひと目で恋に落ちたはずだった。しかし、人々の妬み、劣等感、格差意識が交錯し、東大生5人によるおぞましい事件につながってゆく。
被害者の美咲がなぜ、「前途ある東大生より、バカ大学のおまえが逮捕されたほうが日本に有益」「この女、被害者がじゃなくて、自称被害者です。尻軽の勘違い女です」とまで、ネットで叩かれなければならなかったのか。
「わいせつ事件」の背景に隠された、学歴格差、スクールカースト、男女のコンプレックス、理系VS文系……。内なる日本人の差別意識をえぐり、とことん切なくて胸が苦しくなる「事実を越えた真実」。

上記の通り、主人公の美咲は横浜市の郊外で小中高と公立の学校に通い、近くの私立女子大に進んだごくごく「普通」の女子大生です。その美咲が偶然東大生のつばさと出会い、肉体関係を持ってしまいます。そして数回のデートと肉体関係を経て、かなわぬ恋だと思いながらも自分の気持ちに抗うことができずに、誘われるがままに飲み会に参加した結果、そこには悪夢のような出来事が待っていました。

小説内で起きた事件そのものは実際の事件をかなり忠実に再現しているものだと思えます。加害者たちの東大生としてのゆがんだプライドと選民意識、そして自分たちよりも頭の悪い(偏差値の低い)人間を蔑み、まるでモノを扱うような態度で女性を扱う下劣な姿勢がこの事件を引き起こしたと言えます。

ただし、ここで強調しておきたいのは、言うまでもなく、東大生(男子)がみんなこのように女子を見下し、自分たちを万能な神のように思っているわけではないということです。一部のサイコパスの鬼畜の所業をもって「東大生はみんな勘違いしている自意識過剰集団だ」と批判するのは全く見当違いだと思います。

見当違いと言えば、この事件後に起きた被害者に対する強烈なバッシングもはなはだ見当違いであると言えます。上のあらすじにもありますが、事件が報道されたときに、「男の家にのこのこついていった」「それは性的に同意したも同然ではないか」「ハニートラップ」などとネット上で非難は鳴りやみませんでした。

本書は小説であり、あくまでフィクションなので、主人公美咲の描写がこの事件の被害者である女性とどこまでシンクロするのかはわかりません。ただ、裁判の傍聴記録などから見る限り被害者も美咲もこのような事件に巻き込まれるような性に奔放な女性ではなく、ごくごく「普通」の女子大生だと思えます。

少し話がそれますが、この事件に関連するデータとして、東大の女子学生の割合について考えます。この小説内では女子の割合は1割と書いていますが、実際は20%程度です。(のちにこのことについて作者は事実誤認と批判を受けましたが、あえて少なめに書いたと弁論していました)

東大男子は自分より頭の切れる女子よりも、自分を「東大生すごい!」と尊敬してくれる女子と出会いたいので、東大以外の女子と出会いを求めます。そのためにインカレのサークルを作るのです。

ちなみに私が昔の教え子二人(二人とも東京の有名女子大に進学)と飲んだ時、両名とも東大のインカレテニスサークルに入っており、東大生の彼氏がいて軽い驚きを覚えました。(彼氏のことをかなりディスってましたが・・・)そこで上記の構図を初めて知り、需要と供給が絶妙なバランスで成り立っていることに感心しました。

さて、話を戻しますが、この小説は以下の点を社会に提起していると思いました。

①男尊女卑社会における、男の歪んだ性的志向

これまでにも何度かnoteでジェンダー論について書いてきましたが、ジェンダーという点においては日本は世界でも圧倒的な後進国と言えます。「女性活躍推進法」などという法律を作り、女性活躍担当大臣などというポストを作らなければいけないくらい状況は深刻であり、そして現実は女性が男性と同様に活躍できる社会など夢のまた夢です。(問題が山積しすぎていて、何から手を付けていいのかわかっていないのではないかと訝しく思ってしまいます)

そして社会に蔓延るジェンダーバイアス(性的偏見)は幼少のころから確実に植え付けられ、このように女性を性的玩具として扱う大学生がうじゃうじゃいるのが日本の現状です。(早稲田のスーフリや慶応の広研はまさにそういう集団です)

もちろんこれは東大や早慶のようなトップ大学の男子学生だけでなく、日本全体の問題です。伊藤詩織さんが一躍有名になってしまったこの事件も構造は同じだと思います。

この男尊女卑社会を変えるには、彼女のような社会活動家が多く現れ、ステレオタイプな性的概念を少しずつ変えていくしかないと思います。そして、これは男性だけに当てはまるものではなく、女性も自分たちが男性と対等に生きていける世の中を作ることを真剣に考えるべきだと思います。

例えば、デートは男におごってもらうのが当たり前、年収の高い男と結婚して、自分を養ってもらおう。こういう考え方をしている女性ばかりだったら、男性優位社会はこれからも変わっていきません

また、このような性犯罪の遠因として性教育が家庭でも学校でもまともに行われていないことが長い間問題視されています。

「性的同意」に関しては世界でも日本でも今大きなトピックとなっており、多くの人が声を上げています。

私は毎年授業でジェンダーを扱い、高校生たちといっしょに、真の男女平等社会、ジェンダーバイアス、セクシャルマイノリティーなどのことを考えています。性教育は日本の教育の中で圧倒的に欠けている部分の一つであり、変えていかなければいけない要素だと思います。そして国(政府)にはもっと本気で女性が輝ける社会を作る努力をしてほしいです。

②性犯罪被害者に対するセカンドレイプ

性犯罪被害者に対するセカンドレイプの例としてわかりやすいのが、前述の伊藤詩織さんの例です。

彼女はジャーナリストを目指していた2013年に当時TBSのワシントン支局長だった山口氏に強姦をされるわけですが、その後の警察の無慈悲な対応や世間からの罵詈雑言(『死ねばいいのに』『女性としてあなたの行動は恥ずかしい』『私は飲みに行く時間も場所も選ぶ。あなたは自業自得だ』『あなたは被害者に見えない、山口氏を陥れようとしているのではないか』*下記サイトより)は、性被害にあってただでさえズタボロな心を容赦なく切り刻んでいきました。

男性だけでなく、同性からも批判が多かったことに驚きます。上記の性的同意の話と重なりますが、一緒にお酒を飲みに行ったら、キスをしたら、相手の部屋に行ったら性的関係を持っていいというわけではないのは日本では全く理解されておらず、ゆえに被害を訴えられない女性が多く存在するということです。

犯罪被害者(性被害だけでなく)に対する誹謗中傷は見たり聞いたりするたびに暗澹たる気持ちになります。どうやったらそのような思考にたどり着くのか理解に苦しみます。ただ、そのような思考に至らせているのは必ずしも個人の資質だけではなく、社会全体の歪みが原因とも言えるのではないかとも思います。そうなるとより一層闇が深くなり、さらに暗澹たる気持ちになってしまいます。

というわけで、本当にいろいろなことを考えさせられた一冊でした。興味がありましたらぜひご一読ください。

今回も長文・駄文にお付き合いいただきありがとうございました。また、性的な話が多かったので、もし不快になられた方がいたら申し訳ございませんでした。


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