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ガブリエル・夏 8 「ケースくんの髪型」

「2人だけと、カタツムリ1匹ね。あっっ!!」

 レイは、短パンのポケットに手をやった。黄色のカタツムリはそこにいるらしい。さっき、寝転がってすぐに、右へゴロゴロ左へゴロゴロしていた。嫌な予感……。
 レイは、ポケットに入れた手をなかなか出さない。まずは触覚でカタツムリの状態を確認しようとしているのか。どっちにしても、ヌルッとするだろうに。眉間に皺を寄せて、口を少し開けて、何も見てない目を、何もない空間へ向けている。笑っている顔がかわいいが、この顔もいいと、まみもは思った。髪にも背中にも、草がたくさんついてる。額の筋肉に集まっていた力を抜いて、レイがまみもの方を見た。

「2人と、1匹の死体……、」
「O, nee…… (oh, no のオランダ語)」
「……ではなくて、2人と、ちゃんと生きてるカタツムリでした!」

レイは、スマイルコンテストというのがあったらその見本写真のようにきれいに笑って、ポケットから出てくるには多すぎるような量の、わっさーっとした葉っぱの塊りを取り出した。人差し指は、葉っぱの中に突っ込んである。その指が、カタツムリを持ち上げて、葉っぱボールの上に置いた。小さな黄色のカタツムリに、目立つ外傷はなかった。少しじっとしていてから、ゆっくり動いた。

「ほんとだ。よかった。そうだ。広東住血線虫にやられるかもしれないから、手をきれいにしないといけないよね? 消毒のジェル使う?」
「まみもちゃん、カントンジュウケツセンチュウ知ってるの? 詳しいじゃな〜い。」
「たまたまですー。去年、研の友達の昆虫博士が教えてくれたの。何回も忘れるから研に呆れられたけど、1年経ってようやく覚えた。ガブくんも上手に言えたね。カントンジュウケツセンチュウ、名前長いのに。 英語ではなんていうの?」
「Angiostrongylus Cantonesis」
「む〜。ガブくん英語を話すと大人っぽいね。声も変わるみたい。」
「You think? 」
レイは眉毛を上げて瞼を下げる顔をした。まみもは頷いた。喉が締め上げられて、顔が熱くなる感じがした。
「Angiostrongylus Cantonesis, Angiostrongylus cantonesis, Angiostrongylus…….」
まみもが照れるのをおもしろがって、レイが繰り返す。
「わー、もうやめてー。」


 もう潰す心配がないように、足下のちょっと離れたところに、小さな黄色を葉っぱごと置いてから、レイはまた寝そべった。

「空がきれいだねー。」
と、喉や口を経由しないで、心からそのまま出てきたような声で言った。本当にきれいだった。まみもは、レイと手を繋いで、この空のだいぶ上の方で風に乗っているところを想像した。地上のレイは、横向きの、まみもの家のソファでやっていたポーズになった。脚の三角をプラプラやって、手をたくさん使いながら、雲の1つの形が、クラスメイトのケースくんの髪型に、どういう風に似てるか、詳しく説明した。話しながらあくびがでて、最後のところは、その下の方あおあおあうあふぁ〜んとなった。
「そうだ。ガブくん昨日ちゃんと寝れなかったから眠いんでしょう。」
「うんー。眠くなってきたー。
 でも寝たらもったいない。寝るのは毎日いつでもできるけど、まみもちゃんは今しかいないのです!」
レイの声がまた大きくなった。急に出てきた演説口調。

「ガブくん私のこと好きなのかなあ。」
「そう思う?」
「そう思う、かなあ。」
「そう思ってよ!」

「あのね、好きの種類について気になっちゃう時があるんだけど、実はそういうのはあんまりなくて、アイスクリーム好き?うん、好き、みたいなさ、そういう感じだけで大丈夫だと思う?」
「大丈夫だよ。好きって、ただ嬉しいってことじゃない?簡単だよ。」
「そうか。簡単なのか。」


「まみもちゃん、僕がお昼ごはん何?って聞いたら、すごく喜んだでしょ。本当に嬉しそうだった。なんでそんなに嬉しかったの?」
「んーとね、人類の、いや、わかんないけど、人々の基本の幸せみたいなのが入ってたから。
 食べるって、満たされて、元気が出てくるじゃん? 誰かが、自分のために何か作って食べさせてくれるってさ、その人が時間と労力を使って、喜んでもらえるようにとちょっと工夫もしたりして、自分を元気にしてくれることでしょう? それがあったかくて好き。 ごはん何?って聞く時、聞く人は、その相手の人が自分にあったかい気持ちをくれる気があるだろうって確信してると思うの。ほいでそれは、愛されてる自覚だと思う。まずはその点において、ガブくんが、私がガブくんにあげたいあったかいのを持ってるって知ってるんだなって思って嬉しかった。 
 それから、気持ちが落ち込んでいく真っ最中の時はさ、ご飯のことなんて考えないじゃん? おなか空いたな、なんか食べようかなと思う時は、もう落ち込み曲線は底を過ぎて、回復方向にある時だと思う。それで、ガブくんは急にこんなところまで来たりして、何かすごく辛いことがあったかもしれないけど、もう復活しようとしてるんだなと、いいぞ、と嬉しかった。
 まだあるよ。食べたら力になるから! 食べた後、まぁいいか、あと少しがんばろうかっていう気持ちになるじゃん。ということは、ガブくんがご飯食べて元気になる、よし、と思った。それもすごく嬉しかった。」

「ふーむふむ。まみもちゃんは人類の幸せが好きなんだね。」
「うん。尾崎も歌ってたよ。」

レイにはわからなかったが、まみもは尾崎の歌い方を真似して熱く歌った。

「♪ ヘイ〜 おいら〜の〜〜
       愛しいひ〜とよ〜〜
  おいらのた〜めにクッキーを〜 
       焼〜いて〜くれ〜〜
  あたたかい〜ミル〜クも
       い〜れて〜くれ〜〜
  おいらのた〜めにクッキーを〜 
       焼〜いて〜くれ〜〜♪ 」

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