ガブリエル・夏 36 「ポケット」
ガガガジャン。12/18を過ぎた。
「さっきぼくがあんまり喋らなかった時、まみもちゃんちょっと心配して困ってたでしょう? ぼくのお父さんとお母さんだったら、気づかない。嫌なことがあったら言いなさいって言われてるけど、嫌だと思ってるかどうかがわからない時もあるし、あんまり整理しないままで言ったら、論理的じゃないとか、レイの話はわからないとか、もうちょっとよく説明してと言われる。ぼくは、そんなに何でもかんでもうまく言葉にできないし、考えてるうちに、言ってもなんともならないか、と思うから、もう言うのをやめる。そしたらお父さんとお母さんは、何もないと思って、いつまでも何も気づかない。だっていつも部屋の中にばっかりいて仕事してるから、ぼくのこと全然見てないし、ぼくに何も訊かないから。ん〜、やっぱり、訊いてはくるけど、How was school? とか、 Did you have a good day? とか。ぼくは言わない。まあまあとか普通とか言うだけ。だって本当には知りたくもなさそうだし。」
まみもはまず、両手で抱えている4つの手袋を右の腿の下に挟んで、手をあけた。それから説明のためによく動いていたレイの手をとって、自分の両手でサンドイッチにする。冷たくなっていたレイの指先をあっためてから、腿の下から手袋をとって、レイの手に一つずつはめようとする。そんなにすぐにはできない。右手にはめようとしている間に、左手がまた冷えてきてしまうので、いったん右手を置いて、左手をレイの右脚とまみもの左腿の重なっている間に挟んでおいて、もう一度右手に手袋のタスクに取り掛かる。
「論理的に」って言うね。頭の良い人たちは。私も言われたことあるよ、研に。研がもう野球の練習に行きたくないと言って、私が、まだ研は本気出してない、何もやりきってないと、やだからやらないってなんだ、ずっとそうやって生きていくのってちょっと言い合いになった時。ママの話は論理的じゃないから、何言ってるかわらかないって。私必死過ぎて冷静じゃなかったし、自分でも話の順番とかめちゃくちゃだなと思ってたから、研に言われてああそうだなぁと思ったけど。でもガブくんちのは、それよりうんとレベルが高そう。
あのね、アインシュタインがね、”論理は、A地点からB地点に人を連れていくが、想像力はどこへでも連れて行ってくれる。” って言ったんだって。私ちょっとばかだけど、あ、そう言えば、自分のことばかとかそんな風に言ってはいけないと、ガブくんのお父さんに注意されたことがあったよ。私の親は私のこと、ばかばか言ってたのに。あと、こんな風に育ててもらったら、ガブくんはどんないい子になるだろう、と思ったよ。」
そこでまみもは一度レイの手から顔へ視線を動かす。レイは話の続きを待つ子供の顔をしている。
「こんないい子になったね!」
レイも同感のようで、嬉しそう。
「ほんでね、なんだっけ。えーと。私は論理的に喋れないし考えられないけど、想像力はすごいあるの。とても具体的にいろんなこと妄想できる。だから、ガブくんが言葉にできない時の気持ちにも近づけるのかも。こんにちは〜って。だって、想像力はどこへでも連れてってくれるから。」
「空中人が、ぴゅう〜〜〜って用事のあるところに飛んでくるみたいに!」
脱力していたレイの上半身が、前のめりになる。まみもは、レイの右手に手袋のタスクを完了して、左手にとりかかる。
「ぼくも想像力あるかな。入れないところとか、本当にはないものとか、色んなところに行けるし、まみもちゃんが言わなくても何を考えてるかわかる時あるよ。」
そのあと、レイの上半身に一瞬入って中から膨らませていた空気が、しゅる〜っと抜けたようになる。
「じゃあぼくのお父さんとお母さんは、想像力持ってないのかな。」
「お父さんとお母さんも持ってるよ。多分使ってないだけ。”忙しい”から。だってお母さん、絵本好きじゃん。アナグマさんの話も。それで、ガブくんは、論理的に、も上手にできるよ。でも多分、それよりももっと持ってる。その範囲に入らないやつも。」
左手は思いの外、スムーズにいった。まみもはまた自由になった手で、レイの顔を右に左に素早く撫でて、自分の手を味わっているジェスチャーをする。
「何してるの、それ?」
「練習。ガブくんから涙が出てきたら、すぐにとって味見できるように。私も調査して、教えてあげたいの。ガブくんが何でできてるか。ガブくん、がまんするから、ちょっとしか出てこないかもしれないじゃん、涙。出てきたらすぐやらないと。」
レイの目が、今ちょっとだけ大きくなったように見える。まつ毛が揺れる。涙が溜まってきているのではなさそう。
「ぼくは泣かないよ。まみもちゃんはぼくといると、時々海から涙があふれてきちゃうみたいだけど、ぼくはうれしくなってるから、涙は出てこない。まみもちゃんは、言うこともやることも、他の誰にも似てない。それは、ぼくにはすごくおもしろい。それと時々、まみもちゃんはぼくかも、と思う時もある。」
「私もある。あれ、ガブくんて私なの?って思うとき。でも私じゃない部分が、すごく大きく、いっぱいあるのも知ってる。あとね、本当は味見しなくても、ガブくんが何でできてるかだいたいわかってる。知りたい?」
「うん。」
「それでは発表します。ガブくんは、ガブくんは、ドラえもんのポケットです! すごいの。なんでも出てくるよ。欲しいものもいらないものもたーくさん入ってて、いるものがないときは、ガブくんが作っちゃうから、やっぱり出てくるの。でも本当にたくさん色んなものが入ってるから、ガブくん時々その中で溺れたみたいになって、うわっぷうわっぷって困ってる。でも小さなポケットで、外からはそんなにたくさん入ってるように見えないから、みんなからはガブくんはふわふわ自由で、お気楽にやってるように見えるの。それでね、…………。」
ガガガジャン。
しまった、18/18だ。
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