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恩送りアートカフェの振り返り

ここ三週間ほど、週末になるとせっせと作品をつくって、カフェに持って行って販売していました。額装して展示した作品は合計122点。60名を超える方々が作品を購入してくれました。

この「恩送りアートカフェ」というプロジェクトは、作品を販売するのが目的ではなく、そこから生まれる「恩送り」が広がっていくことが本当のゴールです。Pay it forwardという考え方は、日本ではまだなじみがないかもしれません。寄付とか、施しとかとも違う。みんなが協力して、善意の輪を広げていくということ。誰かに恩をもらったら、その人に恩を返すのが「恩返し」。それに対して、「恩送り」は誰かにもらった恩を、その人にではなく誰か別の人に送っていくということ。人の優しさとか、愛情とか、そういったものが普段は届かない人のところにも届いたら良いな、と。

「恩送りアートカフェ」の仕組み

「恩送りカフェ」自体は、新しいものではありません。海外でもよく行われている取り組みであり、日本にも事例がいくつもあります。最近では、無印良品銀座店でもこの恩送りカフェが行われていましたね。

今回は、そこにアートを組み込んでみよう、と。とりあえず、作品を500円で販売して、もしそれが売れたら、そのお金を次に来る見知らぬお客さんへコーヒー代として渡すという仕組み自体はとても単純です。ここで、トークンとかクーポンとか、あるいはちょっとした地域通貨のようなものを組み込むことも検討したのですが、ここは分かりやすく500円そのままを使うことにしました。作品を購入した人にはメッセージカードも書いてもらい、次に来るお客様に500円とともにお渡ししました。

500円を受け取った方は、それを使ってコーヒーを購入。さらに、恩送りの企画やアートに興味がある方は、私の作品を購入してくれて、そこからまた恩送りの輪が広がっていきます。

恩送りの作品づくり

6月2日から2日間でそれなりの個数の作品を制作し、6月4日の土曜から作品を販売し始める必要がありました。つまり、短期間でたくさんのアート作品を準備しなければならない。当初は、ハンコを使って絵を描く「ハンコアート」の手法で作品を制作する予定でしたが、それではなかなか作品の数をこなすことができない。

というわけで、今回はイメージ転写プリントの手法で、版画的な作品をつくることにしました。約25年くらい前に、私がアート学生だった頃によく使っていた手法です。写真をもとに版(ネガ)を作り、それをプレス機を使って紙や布に転写するという手法。これには、プレス機が必要です。ちょうど昨年、ドイツのクリエイターさんたちが開発したOpen Press Projectの小さな卓上プレス機をクラウドファンディングで支援して入手していたので、それを使って作品を制作することにしました。

通常の溶剤を使った版画作品制作の他に、今回は新たなチャレンジとして「マジックインキ」を使った転写プリントにもチャレンジしてみました。油性マジックの成分でインクを溶かして、紙に転写するという手法です。篆刻でも使われているやり方で、神保町にある画材屋さんでこれを教えてもらいました。

中銀カプセルタワーの写真を版画にした作品。2019年に一ヶ月間住んでました。
2016年と2017年にチェコを旅した時の写真も使って版画作品をつくりました
学生時代に撮影した白黒写真をAIで着色して版画にしてみました
LOMO LC-A と虫メガネを組み合わせて撮影した写真も版画に

三週間の間に、額装して展示した作品が122点。刷った作品はこの倍くらいはあると思います。ひたすらたくさんの作品を作り続けました。

恩送りの輪に参加してくれた人の特長

カフェでコーヒーをオーダーする時に、突然「この500円を使ってください」とお伝えしても、たいていの人がきょとんとした顔でこちらを見てきます。「恩送りの企画です」とお伝えすると、「あー、なるほど」と理解してくれる人がいるなかで、そもそも「恩送り」というものがなんなのかが分からない人も多くいらっしゃいました。

アート作品を売っているということで、なにやら怪しげなものを買わされるのではないかと明らかに警戒するお客さんもいます。

考えてみれば不思議な話で。500円を使ってくださいと差し出しても、「いいえ、結構です」と断る方がけっこういるのですね。ただただ、みんなの善意だけで回っている企画なのですが、それが理解できない、不可思議なものに映るようで。とかくこの資本主義の世の中は、誰かのお金を効率的に巻き上げて自分のところに持ってこようとする人が多すぎて。無償の愛とか、完全なる善意など、はなから疑ってかかる人がいるのかな、と。

まぁたぶん、わたくしがもっとていねいに時間をかけてこの企画について分かりやすく説明できれば良いのでしょうけど。僕だって、カフェでコーヒーを注文している時に、横から「この500円をどうぞ」と言われたらびっくりすると思います。

60人のお客さんがつないでくれた恩送りの輪

最終的に、7日間作品を販売して、60名以上の方々がこの恩送りの輪に参加してくれました。作品を購入して、そのお金が見知らぬお客さんのコーヒー代になるというプロジェクト。実験的な企画なので、作品制作やオペレーションなど、かなり試行錯誤しながらやっていきました。

「恩送り」がテーマなので、そもそもこの恩送りについて理解してくれないひとがこの輪の中に入ってしまうと、簡単にその善意のバトンは途切れてしまいます。「500円儲けた!ラッキー」という人が、恩送りのリレーを止めてしまうと、そこから先に進まなくなります。最初の数日は、いかにこの企画を丁寧に分かりやすく説明するかに苦心しましたが、どんなに説明したとしても、そもそも恩送りに興味がない人や、アートに無関心な人が一定数いることに気づきました。

最初は、作品が売れたら次に来たお客さんに自動的に500円を渡していたのですが、やり方を少し変えてみました。500円をお渡しする時に、「この恩送りの輪に参加しますか?」という選択肢を相手にオファーしてみたのです。すると、驚いたことにだいたい半分くらいの人が「いいえ、結構です」と断ってきたのです。

「はい」と答えるだけで、500円がもらえる企画です。もちろん、500円をお渡ししたからといって、興味がなければ私の作品を買わなくても良いということはお伝えしています。500円で作品を販売し、売れたらそのお金が次のお客さんに回っていくというシンプルな仕組み。私は、1円も儲かりません。それでも、私が差し出す500円とメッセージカードから目をそらし、「いらないです」と言われるのが、結構ショックでした。それほどまでに、恩送りの輪に加わりたくないのか、と。でもまぁ、世間っていうのはそういうものなのでしょうね。善意に対して拒否感を持っている人というのは意外と多いのかもしれない。

逆に、「恩送り」という言葉を聞いただけで、「え?どうやったら参加できるの?」と、前のめりに反応してくださる方もいて。3人組のグループのお客さんで、ひとり分しか500円をお渡しできなかったのにも関わらず、3名様全員が作品を買っていってくれたということもありました。このプロジェクトに参加してくださった60人の方々は、なんらかの形でこの「恩送り」の企画を理解してくださり、善意の輪を広げてくださいました。それだけで、私はこの企画を実行したかいがありました。

このプロジェクトを終えて

実験的なプロジェクトで、かつ試行錯誤しながら進めていたので、最初からすべてがうまくいったわけではなく。いろいろと反省点も多いですが、それでもたくさんの方々が参加してくれて、すごく充実した貴重な経験となりました。

基本的にワンオペで、すべてを一人でやっていたので、なかなか作品を販売しながら次の人にお金を渡すというのがタイミングが合わないこともあり。なかなかたいへんでした。気づいたら、来たお客様が注文を終えられていたこともあったり。もしこれを読んでいるどなたかが、恩送りアートカフェの企画をやるのであれば、オペレーションの人数は何人かいた方がよいと思います。作品を販売する人と、お金を次の方にお渡しする人と、コーヒーをつくる人。

あとは、企画を説明するためのちょっとしたチラシなどもあると良いと思います。「恩送りとは?」という点を、分かりやすく丁寧に説明した資料を事前に準備して、お客さんに読んでもらうと、参加しやすくなると思います。

SNSやブログ等で企画を説明しておくのも良いですね。それを見てから、それがきっかけで来店してくれるお客さんが増えれば、この恩送りの企画もスムーズに広がっていくと思います。

今回はやりませんでしたが、恩送りの仕組みにトークンのようなものや、あるいは地域通貨的な仕組みを組み込むのも面白いかもしれないです。まだまだいろいろな可能性がありそうです。

▼恩送りアートカフェの結果

開催期間:2022年6月2日~25日
開催場所: BUoY Cafe
作品を販売した日数:7日間(週末の土日のみ)
展示した作品数:122点(額装済み)
参加してくれた方:61名

「日曜アーティスト」を名乗って、くだらないことに本気で取り組みつつ、趣味の創作活動をしています。みんなで遊ぶと楽しいですよね。