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日本を再発見できる「SHOGUN 将軍」

「SHOGUN 将軍」は、徳川家康ら、歴史上の人物にインスパイアされた「関ヶ原の戦い」前夜、真田広之演じる戦国一の武将<虎永>と、その家臣となった英国人航海士<按針>、キリシタン女性<鞠子>の織り成す戦国スペクタクル・ドラマシリーズ。FX製作、Huluなどで配信。日本では2024年2月27日からDisney+で独占配信中。なお、真田広之はプロデューサーとしても参加している。

海外にいる日本人として、多くの示唆に富む良い作品だと感じた。

第一に、この作品は、外国人視点から日本を描いていながらも、日本人の私が、「日本文化とは、何だったのか」を再発見させてくれた点が印象深い。

女性が男性の所有物であったり、贈答品扱いされたりする、16世紀の日本の風習は、現代に生きる我々から見れば、成熟していない文化だと感じざる負えない。だからと言ってその当時の女性が不幸せだったのか、私たちには、それを断ずる事はできない。少なくとも、この作品に登場する女性たちに、もし、それを聞いたとしたならば、「無礼者と」一刀両断されるに違いない。

当時の日本は、西洋文明から見れば極東の果ての、国際社会から閉ざされた世界と見做されていただろう。だが、本作からは、むしろそうした世界にこそダイバーシティが息づいていた面影が感じ取れた。殿様、お家との社会的なつながりに生きる日本人。それぞれの国や宗派に帰属する外国人。そのなかで、それぞれの「自己」に対すると捉え方の違い。人々の運命に対する姿勢そのものが多様性として見事に描かれているのである。

この作品には、魅力的な登場人物に溢れている。
彼らは、それぞれに、自身の信仰や、習慣、運命などの制約条件の中で、何を大切にし、いかに生きるかを自らに問うて、自ら答えてゆく。人としての魅力は、異なる言語や文化をやすやすと超えてゆく。

一方で、この作品は、若干日本文化に対する理解の深さを問う部分がある。
たぶん、日本文化を知らない海外の視聴者には、なぜ、茶室であのようなことが起き得たのか。
はたまた、お茶屋さん、という非常に特殊な装置。
ともに、表の世界ではうまく繋がらないものを、もう一層の別の世界で繋げていく。そういう多層的な世界観は、いつだって必要で、日本ではそういうものがあったからこそ、表層の世界も、また回っていたのかもしれない。

また、このストーリーの中で通詞という役割も大きく、その作品の魅力を掻き立てている。通訳という仕事は、必ずしも直訳が正解とならない世界である。文脈を読み取り、足したり、引いたりすることになる。しかし、通訳も人間である。通訳するという行為自身に、通訳の「人となり」がのってくるのは、到底仕方ないことである。それはまさに、誰しもが世界を客観的にとらえることが出来ないのと同じように。言い換えれば、訳にこそ、その人となりが現れるのである。通詞の行動でもなく、言動でもなく、通詞の付ける訳が、通詞のキャラクターを豊かにする、はたまた多層的な世界観である。

さて、この作品が、日本文化や日本人の「良さ」を伝える作品だったのかはわからない。しかし、日本文化と、日本人のとても特徴的で本質的な一面を表現することに成功した作品だと思う。
是非、海外在住の日本人、外国人に見てもらいたい。

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