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突然ショートショート「魔法少女と喧嘩して」

 居酒屋で彼は言った。「魔法少女と喧嘩をした」と。聞いているだけでは意味がわからない。
 普段は配達の仕事をしている彼が、なぜそうなったのか。僕にはそれがさっぱりわからなかった。

 とりあえず生ビールを頼む。彼は仕事があるというのでノンアルコールのビールだった。

「で?なんだよその『魔法少女と喧嘩をした』って。夢の話か」
「違ぇよ、仕事であの…不二田ふじでん小学校の脇の道、あるだろ」
「あぁ。あの細い」
「あそこ走ってたらさ、脇の家の屋根から魔法少女が飛び降りてきて…」
「えっ、轢いたの!?」

 つい声が出てしまった。まるでフィクションのような展開だったから。

「バカ、声がでかい!」
「あぁ、悪かった」
「でさ、飛び降りて急ブレーキかけて轢かずに済んでさ。でもそしたらその魔法少女が運転席の方まで来て…」
「来て?」
「『どこ見て走ってんのよ、このバカ!』って怒鳴り付けてきた訳」
 ん?どこかで聞いたような話だぞ。

「…おう。それで?」
「『上から急に飛び降りてくるから、轢いちゃうとこだったぞ』って言い返したら『お気に入りのコスチュームが汚れちゃったじゃない』ってなって」

「…おう」
「『汚れてねぇだろ』って言ったら、今度は『こうして喧嘩してる間に魔物が町を荒らしたらお前のせいだから弁償しろ』とか言ってきて」

 やっぱりだ。

「新手の当たり屋か?」
「いや、そこからがすごくて、突然『責任とってお前もついてきて戦え』って言われて魔物のいる所まで連れ出されて」
「は!?」
 訳がわからない。確か彼は剣道が得意だった所までは知っているが。これはまさかの展開か。

「その魔法少女が連れてた妖精と契約してさ、変身して剣で戦っちゃった」
「フッフッフッフ…え、お前が?そのゴツい体にあの…キャピキャピした服着て?」

 まさかの展開だった。もう笑ってしまう。

「あ、変身したら何か女の子の体になってて、それと格好はそんなにキャピキャピしてなかった。カッコよかった」
「え、気になる」
「あ、写真はない。それと契約も…そのあれ、単発のバイトみたいな感じだったから、今はもう何もない」
「な~んだ…」
「いや、『な~んだ』って言うけどね、戦うのってめちゃくちゃ大変なんだよ!二度とやりたくない」
「そっか。お疲れ」
「おう。自分に」

 ビールを一気に飲み干す彼の姿を見て僕は思った。
 ぜひ、次は正社員みたいな感じで妖精と契約してくれないか、と。

(完)(982文字)


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