見出し画像

突然ショートショート「ループ」

 都会の喧騒から離れた山の中に、「ループ」というレストランが建っている。
 店主と妻の2人が切り盛りする、隠れ家のようなレストランだ。

 静かな時間が流れるカフェに、一人の客が入ってきた。
 水色のワンピースを着こなした、若い女だった。

「いらっしゃい。お好きな席へ」

 彼女は窓際の席へ腰かけた。

 遥か向こうに広がるビル街を眺めながら、彼女は小さな声で独り言を呟く。
「あの中で私も暮らせてたらなぁ」

 その独り言は、誰にも聞かれることなく終わる。

「ご注文は?」
「オムライスと麦茶でお願いします」
「はい」

 注文を聞きに来た店主の妻に注文を伝えると、彼女は再び窓の向こうを見つめた。
 街の中で色々なものが動いているのが見える。それはまさに人々の営みだ。

 彼女はそれを羨ましそうに眺めていた。まるで、遊びの輪に入れてもらえない子供のように。

「つまんないの」

 再び独り言を呟いてから、本に目を通す。それはビジネス術の本だった。
 彼女は、この間にも輪に入るために動いていた。

「はい、オムライスね」
「…ありがとうございます」消え入るような声で呟き、頭を小さく下げる。

 青空の下に広がる街並みを眺めつつ、オムライスを口に運ぶ。
 店主の作るオムライスには、街中では得られないような美味しさが詰まっていた。

 食べ終えて支払いを済ませる頃には、彼女の口はすっかり笑顔になっていた。
 その様子を確かめていた2人も、満足そうに笑みを浮かべる。

「また来てね!」

 店主の妻の明るい声に、頭を下げて応えた彼女。
 店主、妻、そして客の間に、笑顔が「ループ」したのだった。

(完)(646文字)


マガジン



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?