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突然ショートショート「文学トリマー」/毎週ショートショートnote

 そのトリマーは、文学が好きだった。

 自らで店を立ち上げて5年。店の待ち合いスペースの本棚には、様々な小説が並んでいた。
 定休日や仕事終わりにはその中から一冊を引っ張り出して読んでいた。

 彼はこの一時を楽しみに働いているといっても過言ではなかった。

 ある時から次第に、彼は自分だけの物語を作りたいと思うようになった。
 きっかけは、小説家の飼い犬をトリミングした時のことだった。

 小説家が教えてくれた「書いてみると楽しいものですよ」という言葉に、魅力を感じたのだ。

 それから、小説の書き方の本を買い、自らで一作を書き上げて、あの待ち合いスペースに自らが書いたものと知らせずに置いてみた。

 読んでくれる人の姿を見た。それだけで彼は心の中が満たされたような気分となった。

 そして彼は今、次回作を作っている。仕事終わりにコツコツと。
 ただ、トリミングを待つ客に読んでもらうためだけに。

 それでいいと彼は思っている。自らを満たして、誰かに読んでもらえたら。

(完)(411文字)


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