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トマさん劇場#18「朝のランキング」/爪毛の挑戦状

午前6時42分、新零県尊田(そんだ)市。
崇山香(たかやま かおり)は高校へ出掛ける前、いつもご飯を食べながらテレビを見る。
リモコンキーID4、新零国際テレビ(Sit)が放送する「Shiny.」。東京発のプログラムと合わせて、5時50分から8時までの生放送番組だ。

この番組にはある名物コーナーがある。
「Shiny.ランキング」だ。
番組開始の2006年から続く人気コーナー。
先代の「モーニングしんれい」時代の1993年にスタートした「県民に聞きました・今日は何位かな」コーナーの系譜を受け継いでいる。

今日もランキングの時間が来る。
司会の堤彩夏(つつみ あやな)アナウンサーの元気のいい声が流れてくる。
「それでは今日も参りましょう、"Shiny.ランキング"!」
ジングルが鳴り、コーナーが始まる。
間髪いれずVTRが入る。

「今日のテーマは…」
「"上半期、県民から聞いた新零県50の個人的ニュース、もっとも他の人に響いたのは・トップ10ランキング!"」
長いテーマだ。
「今年も早いものでもう半分。新零県でもいろいろな話題がありました」
「今回はその中から、県民に合計50個の個人的ニュースをピックアップしてもらい、さらにその中から県民7300人にLINEでアンケート。その結果を今朝、発表します!」

スタジオに戻る。

堤>「さぁ、ランキングの発表ですが…亀戸さん。何が一番印象に残っていますか?」
ここでスタジオは引きの映像に変わり、画面下に『PRESENTED BY/「カタリナハウジング」「Always behind you. 二十電力ネットワーク」「家具の大セール 大橋家具屋」「40th 二十高速バス」』と各社のロゴが写しだされる。
亀戸那賀真(((かめいど ながま)ローカルタレント。))>「あれじゃないですか、「HUB Kanoso」の開業。4月の」
堤>「なるほど」
亀戸>「今もね、スポンサーに出てた二十高速バスさんあるでしょ。あれでね移動するときが便利になって」
スタジオに笑いが起きる。
そこにテレビを観ていた崇山が突っ込む。
「スポンサー介入しすぎ」
さぁ、どうだろう。

ちなみに、二十高速バスは1企業ではない。
新零県の「彼急バス」を幹事社とし、他、二十8県のバス会社が手を組んでできた、高速バスネットワークの名前。広告活動はバス会社18社で組んだ「二十高速バス協議会」が実施する。18社だから相当なスケールだ。

さて、そんなことを解説しているうちに、ランキングが始まった。
「第10位から6位まではご覧の通り!」
「注目は第8位」
「2月24日、"彼礎市西区、藤田さん宅で猫が大ジャンプ"!」
「おーっ」スタジオから歓声が上がり、テレビを通して視聴者に伝わる。
「ミクロ…つーかペットなんて飽きたんですけど」
そのニュースは、
"2月24日に、彼礎市西区在住の藤田岳史(ふじた たけし)の自宅で、飼い猫のにゃーんちゃんが大ジャンプを披露した"というもの。
近年よく見る、動物のニュースだ。
「CMの後、いよいよトップ5を発表!」
視聴率とスポンサー4社(本当は21社)のために、なんとか番組を引っ張る。
CM・カタリナハウジング>「私たちは、人に語れる。人を思える。そんな住宅会社を目指しています…」

この隙に崇山はハムトーストを頬張る。
そしてスマホで最新トレンドをチェックする。

CM・二十電力ネットワーク>「…今シーズンの節電に、皆様のご協力をお願いします」
ナレーション>「いよいよ第5位!果たしてその中身は!!」2社、1分間のCMを消化し、本編に戻った。
注目が高まる。
町の声>「驚いた…と」
「ショッキングな事ですよ」
ドラムロールが鳴り、発表されたのは、スポンサー18社が絶句するものだった。
「5月3日、"高速バスがマンションへ激突"」

やってしまった…同番組を担当するディレクターとプロデューサーの顔から、精気がみるみる失われていく。
そのニュースは
"5月3日、彼礎から卯呉(うご)県へ向かっていた高速バスが、自暴自棄となった客に乗っ取られ、猛スピードで蛇行しながら、マンションのエントランスへ激突した"というもの。幸いにも死者怪我人は0だった。
もっとも、これで二十高速バス協議会非会員社のことなら、社名をぼかすだけでまだいい。
しかし、この時事故を起こしたバスは「南卯呉交通株式会社」の所属・運行。
しかもこの会社、二十高速バス協議会の会員社だったのである。
そうとは知らないバカなスタッフが、このニュースをランキングにそのまま組み込んでしまったのである。
バカな事案だ。これでは、マイナスニュースを取り上げられたことへの怒りが18社分、まとめてやってくる。

どこか気まずい雰囲気で、番組は進む。
すると、突然怒鳴り声が聞こえてきた。
「おラァ!スポンサー忘れたんかいこの!!」
「ガショーン」
「あっ、あの、大橋家具屋さん…」
「二十高速バーース!!!!他3社!なんでそこしか覚えとらんのじゃい!」
「あっあの、参院選で忙しくて」
「ふざけんな!大体お前は」
「口喧嘩の極み」崇山が短く突っ込む。
この言い合いをなんとか沈めようと、堤も必死になる。
「えーっ…只今、大変、ちょっと…お見苦しい、はい…お見苦しい場面をお見せしておりまして…」
その直後、番組は東京発のプログラムに切り替わった。
画面の下には「一部、お見苦しい場面がありました。お詫びいたします。」と字幕が出ていた。

午前6時48分。崇山は彼急電車・尊田駅へ向かった。
こうして、彼女にとっての、いや、視聴者にとっての今日の朝は、かつてない喧嘩からスタートする、心地の悪いものとなった。

その後、何事もなく、大橋家具屋、二十高速バスの2社はCMを流していた。

しかし後日、二十高速バス協議会は同番組への提供を終了し、裏局の番組へ新しく提供を始めた。
説教を始めたスタッフも減給・謹慎処分となる。
しかし、「事実を伝えることが重要」と考えられ、ミス(?)を起こしたスタッフはおとがめなしとなった。

スポンサーを無視したスタッフが起こした、朝の喧嘩騒ぎだった。

(了)(2,469文字)


この作品はフィクションです。
実在の人物・地名・団体等には一切関係ありません。


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