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言葉が自分を許す。言葉が自分を赦す。

文章を書くということは、自分を許すこと

最近、文章を書こうという気持ちが高まっている。院試が終わって、緊張が解けたからか。インプットしまくったから、アウトプットしたくなったのか。はたまた、秋だからか。

noteもそうだが、卒論に向けても文章をどんどん書いている。とりあえず書いてみて、先生に指導をもらって、原稿が真っ赤になって帰ってくる。そしてまた書いて、真っ赤になる。

そんな繰り返しでも、前に進んでいる気がするのだ。書けば、なにかが起こると信じて、書いている。悪くない。

文章を書くということは、自分の内面、生きる世界、その世界をかたちづくっている<物語>、すべてが明らかになってしまう。恥ずかしいが、その恥ずかしさも含めて自分である。だから、文章を書くということは、自分を許すことなのかもしれない。

文章を読むということは、自分を赦すこと

最近、文章を読むことも増えている。特に、エッセイを読みたいと思う。

院試の筆記試験が28日、面接試験が30日。その間の日・29日に、何気なく手に取ったのがこの本。

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関取花『どすこいな日々』

大好きなシンガーソングライター・関取花さんのエッセイ集。

この本の何がいいって、日常の切り取り方、そして切り取られた日常が組み込まれる<物語>、この斬新さだ。

それもこれも最後には 笑い話に変えれるように
人生なんてそうさ ネタ探し
楽しんだもん勝ち そういうものだよ

彼女の曲「もしも僕に」の中に出てくるこの歌詞が、『どすこいな日々』に含まれる<物語>をとてもズバリ言い当てている。


こんな本も読んだ。

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上白石萌音『いろいろ』

女優・歌手の上白石萌音さん、初のエッセイ集。

「いろいろ」というタイトルがぴったりなぐらい、彼女の色が表現されていた。萌音さんが文章を書いている情景が鮮やかに浮かんでくる、とても素直で、まっすぐな言葉たちだったな。

彼女に興味を持ったのは、この曲から。

いきものがかりの水野さんが作詞作曲した曲を萌音さんが歌っているのだが、こんなにも歌詞をまっすぐに伝える歌手がいるのかとおどろいたものだ。

彼女の軸はあるんだけれども、その軸を崩すことなくあらゆる色を表現する。歌にも、言葉にも、それがあらわれている。

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自分にとって、エッセイを読むと、なにかが循環しだす感覚がするのだ。とても良い循環。その循環から、きちんと生きているという感触を得られる。

おそらく、この循環は、世界とのコミュニケーションなんだと思う。花さんだったり、萌音さんだったり、その人が見た世界、その人が世界に載せた<物語>をのぞかせてもらうことで、自分も世界と対話し、世界と自分を認めているのかもしれない。

だから、エッセイのような文章を読むということは、自分を赦すことなのだと思う。
「あれしなきゃ、これしなきゃ」「これができない自分を変えなきゃ」
こんな義務感や重たい荷物から、自分を赦してあげること。他人の見ている世界を通して、今の自分をつくっていく。目の前の世界からしか、道は開けないのだ。

そんな目の前の世界に、エッセイは自分をやさしく引き戻してくれる。

写真ではなく、言葉なんだな

昨日は緑地公園で読書をした後、通り雨が来そうだったので、近くの本屋さんに。こんなマインドで行ってしまったから、本をたくさん買ってしまった。サヨナラ、11440円。

久しぶりにそれをインスタにあげた。ちょうど1年前、同じ本屋さんでアップしたのが、自分の最後の投稿だった。なんだか縁深い。

でも、写真をアップして感じた。

やっぱり、自分は写真ではなくて、言葉なんだ。

本の写真を撮って、簡単に加工して、アップする。それだけなのだが、どこか自分がやっている感覚がない。自分の表現だと見れない。

逆に、言葉は、加工できない。どうあがこうと、自分の言葉は自分の言葉。良くも悪くも。

だから言葉が好きなんだろう。雑だし、読みにくいし、つたわりづらいけど、それが自分の言葉。自分の表現以上でも以下でもない。

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そして、誰かの言葉を、ありがたく読ませていただく。本屋さんの店主の方に、おすすめのエッセイを何冊か選んでもらった。その中から2冊購入。

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長谷川ちえ・文、shunshun・絵 『三春タイムズ』

石田千『窓辺のこと』

この本の言葉を通して、また循環が起こっていく。

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