人見知りの僕がなぜ「りんごちゃん」として熊谷マラソンに出場したのか
世の中には2種類のランナーがいる。
コスプレするランナーとコスプレしないランナーだ。
大半が後者だ。人見知りの僕はもちろん後者だ。
コスプレして走る人のメンタルが信じられない。
そして、昨日、『第34回熊谷さくらマラソン大会』が開催された。そこで僕は「りんご」のかぶり物をかぶって出場したのである・・。
レース前夜、六本木の街に繰り出した
話は正月にさかのぼる。箱根駅伝を見ながら「今年は自分も走ってみようかな」と熊谷のマラソン大会10km部門にエントリーした。
ジムのランニングマシーンで黙々と練習する。外はできるだけ走りたくない。走った分だけまた帰るために走らなければならないからだ。もっとも軽蔑されやすいタイプのランナーである。
マラソン大会が迫った前々日。1つのことが脳裏をよぎった。
「せっかく走るなら、最近始めたクラファンの広報ができないだろうか」
そう、数日前から僕の会社で初めてクラファンに挑戦していた。短編コマ撮りアニメ『おかしなりんごの木』の応援プロジェクト。
仲間たちのためにも少しでも力になれたらと思い、クラファンのQRコードを印字したTシャツを着て走ってみようかなと思って準備した。
大会前日、友人にそのことを伝えると「Tシャツだけでは誰も見ない。もっと振り切ったほうがいい。りんごのかぶり物をかぶるとか」とアドバイスをもらう。ぐうの音も出ない。
しかし夜の22時を過ぎていた。今更何ができるというのか。ドン・キホーテ六本木店に電話する。
「あ、1点、ありますよ。取り置きしておきますね」
マラソン大会前日の夜23時、六本木の街に繰り出すランナーを僕は聞いたことがない。
ドン・キホーテに辿り着くとレジ奥に赤いものが見えた。
絶対アレだ・・・。
ハロウィンでさえコスプレしたことない人間がこれを被って走る姿が想像できない。
そして翌朝、1人のコスプレランナーが、熊谷の競技場に降りたった。
今まで積み上げてきた何かが崩壊しようとしていた。
レース開始前の期待と葛藤
それでも、はじめのうちは元気だった。開会式が終わって10km部門のスタートまで2時間ある。どうすればQRコードが読み取りやすいかを検証したり、
声をかけられた時にはどんなポーズをしようかと楽しく考えていた。
しかし、1時間経っても誰からも声をかけられない。
自分から声をかけたり子供に手を振ることもできず、視線さえ逸らしてしまう始末。生来の人見知りがここにきて裏目に出る。りんごのかぶりものをかぶったからと言って、人はそう簡単には変われないのだ。という至極当たり前の現実にぶつかる。
レース開始直前には場の空気に馴染めない自分に耐えられず、一度はかぶりものを脱ぎ捨てた。
自分でも見たことないくらい険しい顔をしている。明らかに憂鬱だった。「同調圧力」というのは他人から与えられるものではなく、自分の心がこしらえるのだと知った。
レース開始10分前。僕に残された選択肢は2つ。りんごをかぶって走る人生と、りんごをかぶらずに走る人生だ。これほど、どっちでもいい話は珍しいが、当人にとっては一大事だ。
すると隣にいたランナーのおじさんが話しかけてきた。
「それ良いね〜。でもかぶって走ると暑そうだね笑」
初めてこの会場で他人に話しかけられた。数時間ぶりに笑みがこぼれた。おじさん、ありがとう。俺、かぶります。だって、あなたが話しかけてくれたから。危うく「おっさんずラブ」が始まりそうになった。しかし、すぐに自分の恋愛対象が女性であることを思い出した。
そしてレースは始まった
スタート!
ついに号砲がなる。レースが始まった。
開始早々、驚くことが起きた。沿道の声援だ。
「わー!りんごちゃんだー!」
「見てみて!りんごが走ってる!」
「頑張れ、りんごちゃーん!」
小さな子どもからお年寄りまで、たくさんの人から声援を浴びる。
「りんごちゃーん、こっち来てー!」
と野球少年たちにせがまれ20人連続でハイタッチを交わす。ハイタッチって、こんなに気持ちいいのか。
氷河期に突入していた僕の心は、熊谷市内で急速に春を迎えようとしていた。
みんながそれぞれに呼び名をつくって応援してくれる。
「りんごちゃん」「りんごマン」「トマトちゃん」
もう何だっていい。何だって嬉しい。僕は喜んで手を振った。手を振ると、相手も笑顔になってさらに声援が大きくなった。
りんごをかぶったから「りんごちゃん」になれたのではない。熊谷の皆さんに「りんごちゃん」にしてもらったのである。
人はいつだって何者にでもなれる。りんごにもなれる。
レース後半の期待と葛藤
走っている間中、本当にたくさんの人から声をかけられた。後続のランナーからも「めっちゃ声かけられますね」と言われた。
しかし6kmを超えたあたりから、さすがに頭が暑すぎて、かぶりものを脱いでみる。
涼しい、圧倒的に涼しい。
これまで一人だけサウナで走っていたのではないかと思うほどだ。爽快すぎて、しばらくりんごを外して走る。
すると、当たり前だが、誰からも「りんごちゃん」と呼ばれなくなる。
声援が「頑張れー」に変わる。もちろん嬉しいが、それは自分だけではなく、走っているランナーみんなへの声援でもある。
「りんごちゃん」が恋しくなる。
「りんごちゃん」を選んで「蒸し風呂マラソン」に逆戻りするか、「爽快さ」を選んで「りんごちゃん」を諦めるか。今まで出会ったことのない類の葛藤が始まる。そして選んだ答えはこっちだった。
走っているとお兄さんが声をかけてくれた。
「りんごちゃん、クラファンやってるんですね、応援しますよ!」
すると、まさかの走りながらQRコードを読み取ってくれて、その場で支援をしてくれた。めちゃくちゃ嬉しかった。
ゴールの先に見えたもの
最後、競技場に入ってからも「りんごちゃん」コールは各所から聞こえた。笑顔で手を振りながら、ついに10kmを、1時間5分で完走した。
いかにも初心者らしいタイムだが、記録に残らない記憶がたくさん残った。
走り終わってからも「一緒に写真撮ってください」とか「QRコードを撮らせてください」と声をかけてくれた。
ふと思う。クラファン支援のためにやったことではあるけれど、たぶん、僕自身、これをかぶって走ってみたかったのだ。そういう自分になりたかったのだ。大会前日の夜に六本木のドン・キホーテに行った時点で腹は決まっていたのだ。
そして改めて思った。
他人の目を気にしすぎると、なりたい自分になることは難しい。僕自身がレース前に挫けそうになったように。それでも勇気をもって乗り越えた先に、見える景色があるのだと思った。
それはまさに今回クラファンで制作しようとしている作品「おかしなりんごの木」のテーマでもあった。「なりたい自分になる」。
一人でも多くの子どもたちに伝えたいテーマだ。いや、大人だって「何歳からでもなりたい自分になれる」ということをたくさんの人に伝えたい。たくさんの人にこの作品を届けたいから、今、クラファンに挑戦している。
今回のマラソン大会で、自らそのテーマにトライできてよかった。アドバイスをくれた友人に心から感謝している。
そしてクラファンもまだ残り20日間やってますので、
もしよければ、応援、よろしくお願いします!
ちなみにりんごちゃんは作品には登場しません。もっと素敵なキャラクターたちが登場しますのでお楽しみに。