学校警備員をしていた頃 その13

 以前、学校警備の仕事をしてた頃のことについて振り返って思い出せることを書いています。
※ 最初から読みたい方は、学校警備員をしていた頃から読むことをおすすめします。
※ ひとつ前の話→学校警備員をしていた頃 その12

 「なんのために立っているの。警備。あっそう」
 私のやっていた学校警備は、授業や行事などのない日は仕事がない。だから夏休みなどの長期休業中は、学校警備の仕事はずっと休みになるのだが、警備会社が学校警備以外の仕事を紹介してくれることもある。
 学校の冬休み中、『東京ミチテラス』というイベントの警備に参加したことがある。
 『東京ミチテラス』というのは、「東京駅丸の内駅舎をいろいろな形状・デザインの光で照らし、不思議な空間を創出する」という映像ショーで、その日は、午後6時くらいから8時ごろまで3~4回行なわれる予定だった。
 その仕事に参加した隊員は総勢30人くらいで、いろいろな支社から来ていた。
 私が最初についたところは、まさに東京駅のまっ正面で、一番映像ショーがよく見えるところだった。そこは、ものすごい人間が押し合いへし合いという状況で、なかなかうまく誘導することができず、「お前たちは、民主党政権同じだ」なんて文句を言われたりした(当時は、民主党が政権についていて、いろいろ失敗ばかりしてマスコミの批判を浴びていた。また、景気も悪かった)。よく、こういう状況で時事的なネタを思いついて口にすることができるものだと、感心したが、もちろんそんなことに感心している場合ではない。
 結局、人がたくさん来すぎて危険だったので、上映は1回だけ行われた後、中止になった。
 でも、勤務がそこで終了したわけではない。
 手分けして近くのいろいろな場所の配置について、イベント中止に関する質問に答える、という仕事に切りかわった。
 質問の答え方について、担当の内勤者から指示があった。今日イベントをやるかどうか聞かれたら「本日は中止になりました」、明日やるかどうか聞かれたら「まだ決まっていません」、明日のことについていつ発表されるか聞かれたら、「いつ発表するかということも、まだ決まっていません」と答えるように言われた。特に、「まだ決まっていません」というところについて、「『わかりません』ではなく『まだ決まっていません』あるいは『未定です』と言ってください」と力説していた。   
 「どうすれば『わかりません』と言わずに切り抜けることができるか」という例のテーマがここでも登場したが、この場合は「未定です」という便利な言葉があることがわかった。「未定です」と言えば、ちゃんと「主催者側がまだ決定していない」という情報を伝えることができるのである。ただし、イベント以外の質問をされることも考えられ、その場合にはもちろん使えない。
 さて、私の担当は、新丸ビルの地下1階入口のところだった。
 そこで立っていて、確かにイベントに関することも聞かれたが、案の定イベント以外のことも聞かれた。「駅に行くにはどうすればいいですか」「新ではない丸ビルに行くにはどうすればいいですか」といった質問は、普通に答えることができたのだが、新丸ビルの中のことについても聞かれたのには弱った。
 警備員の恰好をして、ビルの出入り口に立っていれば、そのビルのことについて一通りのことは知ってそうだと思われるは、あたり前である。が、私は、その日一日だけイベント中止のことについて答えるために立っていたのだ。でも、一般の人は、そうは思っていない。
 何人かの人からビルの中のことについて聞かれたが、一番困ったのは、「サンドイッチかなんか食べられるところはないかな」という質問で、聞いてきたのは、見た目70歳くらいおじいさんだった。
 なんて答えようかと少し迷っていると「わからない。あっそう。なんのために立っているの。警備。あっそう」と、ゆっくりと噛みしめるように言ってから、歩いて行ってしまった。
 「それにしても、滑らかに言葉が出てくるおじいさんだったなあ」「質問と答えを両方自分で言ってしまうという、面白い試みをする人だったなあ」などと変なことに感心した。そのおじいさんは、若い頃は、弁護士だったのだろうか。あるいは漫才師だったのだろうか。話し方はゆっくりだが、なかなか口が達者だと思った。
 私としては、せめて「あそこのエレベーターのところに案内板があるので、それを見れば、どれがサンドイッチのありそうな店なのか見当がつくかもしれません」くらいのことを言えばよかったと思う。
 が、その日一日だけイベントのために立っていて、そういうふうに言葉が出てくるというのは、私の能力では意外とむずかしい。もちろん、もっと気が利く人ならば、そんなことは簡単にできるだろうが。
 それと、こういう場合の定番の言い方は、「申し訳ありませんが、飲食店のメニューまではわかりかねます。すみません」などという台詞である。
 とにかく面倒くさいことがおこりそうだと思ったら、自分が悪いと思っていなくても謝ってしまうというのが、この仕事の鉄則のようになっていて、「三十六計逃げるが勝ち」ではなく「三十六計謝るが勝ち」という「格言」をいう仲間もいる。まあ、飲食店で注文するときに「すいません~」と言うようなものと考えておけばいいのだろう。
 また、「~わかりません」のことを「~わかりかねます」というのも、なぜか定番の言い回しになっている。わからないなら「わかりません」でいいじゃないか、なんでわざわざ変な日本語を使うんだろうか。と個人的には思うのだが、これは、ビルの受付の女の人など道などを聞かれることが多い職業の人(警察官を除く)がよく使っている言い回しである。
 あんまり感心できる言い方ではないが、慣れているベテランの人ほど、こういうふうに言う人が多い。

※ 次の話→学校警備員をしていた頃 その14

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