もしスナックのマスターがドラッカーの『プロフェッショナルの条件』を読んだら 第6話 つまるところ、優先すべきは価値観である(その2)

 10年くらい前に流行った『もしドラ』を意識して書いた小説です。
 自分がよく行くスナックで行われていることを脚色して書きました。
 『もしドラ』と違って、テーマごとに違う話が展開する短編連作です。

※ 第1話から読みたい方は、もしスナックのマスターがドラッカーの『プロフェッショナルの条件』を読んだら 第1話 仕事の仕方と学び方から読むことをおすすめします。
※ ひとつ前の話→もしスナックのマスターがドラッカーの『プロフェッショナルの条件』を読んだら 第6話 つまりところ、優先すべきは価値観である

 第6話 つまるところ、優先すべきは価値観である(その2)
 今回は、進路相談に来る。
『プロフェッショナルの条件』の内容で、進路決定に関係ありそうなところはどこか考えると、やはり、再三再四繰り返し読んでいる「Part2 2章 自らの強みを知る」になるだろう。この章は、この本の中でも1・2を争う実用性の高いところだとマスターは思う。
 読み始めると、特に後半の部分に役に立ちそうな文言があった。

 仕事の仕方として、人と組んだほうがよいか、ひとりのほうがよいかも知らなければならない。

 これは職業選択を考える上で一つのポイントとなりそうなところだ。

 自らをマネジメントするためには、強みや仕事の仕方とともに、自らの価値観を知っておかなければならない。

 つまりところ、優先すべきは価値観である
 
 ここが、一番のポイントなるだろうか?
 先日、十五町さんについて考えた時にも、この言葉がポイントになった。考えることは似ているが、ただし、あの時は、すでに決まった進路を歩んでいて、たぶん価値観も定まっている人がどんな人なのか考えるだけだった。今回は、進路について考えている最中の若者と話をするのだから、気楽ではない。

 最高のキャリアは、あらかじめ計画して手にできるものではない。自らの強み、仕事の仕方、価値観を知り、機会をつかむよう用意した者だけが手にできる。

 「強み」「仕事の仕方」「価値観」が進路決定を考える上での3大要素で「強み」が最優先。言っていることはとても明快である。
 今日の相談もこの枠組みで考えていけば、なんとか整理できるかもしれない。十五町さんについて考えた時と枠組みは同じだが、もちろん人によって枠組みの中身は違う。
 マスターは手帳と0.4ミリのボールペンを取り出して、文言を書き写すことにした。

 つまりところ、優先すべきは価値観である。

 これにした。「つまるところ」と書いてあるのだから、ここが一番ドラッガーの言いたいことなのだろう。とてもわかりやすい書き方だ。
(価値観優先ということだと、答えはもう決まっているような気もするが…)
 でも、よく話し込んでいけばいろいろな考え方が出てくるかもしれない。
 マスターは、本を閉じてあくびをした。それから、カップに半分くらい残っていたアメリカンコーヒーを飲みほして店を出た。

「マスターにお客様でござるよ。もしかして息子さんでござるか?」
 8時半頃、店のドアの外に立っていた、エリコが中に入って来て言った。
「ああ、来たか」
 マスターは外に出て行った。マスターに似て精悍な顔つき、マスターよりも10センチくらい背が高い若者がいた。
「久しぶりだなあ。少し背がのびたかな?」
「高3の時、3センチくらいだけど確かに伸びた」
「いつ以来かな」
「前に大学受験のことを相談しに来て以来だと思う」

 二人でファミリーレストランに入って座り、マスターは言った。
「今日俺に会いに来ることは、お母さん知ってる?」
「4年くらい前に来た時もそれを聞かれました…」
「そうかもしれないなあ」
「一応言ってから来ました」
「それでお母さんはなんか言ってた?」
「特に言ってなかったけど、少し不機嫌だったような気がします」
「そうか…。まあ、進路を決める大切な時期だから俺から変なことを言われないか警戒しているのかな?」
「そんな雰囲気もありました」
「お母さんは、まだ相変わらずM病院の外科の外来受付のところにいるのかな?」
「それも約4年前に聞かれました」
「そうか…」
「今は、検査室で血液を採る係になったそうです」
「そうか…。1日中注射針で血液を採っているのかな?」
「たぶんそうだと思います」
「なんか飽きそうな仕事だなあ」
「でも、外科外来よりは、患者さんから文句を言われたりすることが少なくなって、働きやすくなったと言っています」
「それはそうかもしれない。元気なんだろう?」
「元気です」
「それはそうと、受験勉強は、あの時言ったやり方ではやってみた?」
「ノートの使い方とエア友だちですか?」
「うん」
「ノートは、あれから100枚あるノートを買ってそれを使うようになり、確かに学習状況が管理しやすくなりました。エア友だちの方は、いたりいなかったりだったけど、難しい問題とか覚えにくいことが出てくると現れるようになりました。確かにエア友だちに話しながら勉強すると頭の中が整理できました」
「そうか。じゃあ、俺のいったことも多少は役に立ったんだな」
「そうですね。確かに、1冊のノートになんでも書くようにしたら、今の自分がどんな状況にあるのかわかりやすくなりました。計算違いでつまずいたところとか、なかなか覚えられなくて何回も書きなぐった様子とか、自分のやったことを生々しく振り返ることができたので、よかったと思います」
「それはよかった」
「あと、4年前にお父さんが言っていた砂漠をほうきで掃きながら後ろ向きに歩くたとえ話だけど、あれは『不安でたまらない人たちへ』という医学の本に出てましたよ」
「裕樹も将棋だけじゃなくて医学にも興味があってそういう本を読むのか?」
「相変わらずお父さんは口が悪いですね。でも、確かに大学生が自分で興味を持って読む本にしてはかなり渋い本だと思います。授業の夏休みの宿題で、読んでレポートを書かされたんです。お父さんも読んだんじゃないですか?」
「あー、そう言えばそうだ。医学概論の鬼龍院先生か?」
「そう」
「じゃあ、鬼龍院先生は4半世紀にわたって毎年夏休みに同じの宿題を出しているのかな?」
「ずっとかどうかはわからないけど、少なくともお父さんの時と自分の時はそうですよね」
「俺が授業を受けた時は、まだ30歳前半くらいだったけど、なんとも言えない不思議な天然記念人物のような人だったなあ。医学部の先生じゃなくて文学部哲学科の先生みたいだった」
「今は50代のようですが、やはり天然記念人物みたいな感じですよ。だいたい外見からして趣があり、フランシスコ・ザビエルみたいに髭をはやし後頭部が禿げています」
「うーん、それは時代の流れを感じるなあ。俺の学生時代はまだ禿げていなかった。それで相談というのは、進路のことか?」
「そうなんです」
マスターと裕樹はコーヒーを少し飲んだ。
「でも、だいたい、自分でもう答えはでているんじゃかいか?」
「そうかもしれません」
「やっぱり将棋指しになりたいのか?」
「そうですねえ」

※ 次の話→もしスナックのマスターがドラッカーの『プロフェッショナルの条件』を読んだら 第6話 つまるところ、優先すべきは価値観である(その3)


 

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