もしスナックのマスターがドラッカーの『プロフェッショナルの条件』を読んだら 第6話 つまるところ、優先すべきは価値観である

 10年くらい前に流行った『もしドラ』を意識して書いた小説です。
 自分がよく行くスナックで行われていることを脚色して書きました。
 『もしドラ』と違って、テーマごとに違う話が展開する短編連作です。

※ 第1話から読みたい方は、もしスナックのマスターがドラッカーの『プロフェッショナルの条件』を読んだら 第1話 仕事の仕方と学び方から読むことをおすすめします。

 第6話 つまるところ、優先すべきは価値観である
 マスターが商店街を歩いていると、道のところどころに設置されているスピーカーからクリスマスソングが流れてきた。
(今日はクリスマスイブだ)
 去年のクリスマスイブは確かお客さんが多かった。うちに来るお客さんは、彼女がいないのため女の子とクリスマスを祝えない非リア充が多いのだろう。
 今年もやはりそうなるのだろうか?店にとっては、儲かるのでいいことなのだが…。
 そんなことを考えながら、いつもの喫茶店に入り、例によって『プロフェッショナルの条件』を取り出した。
 今日はとある大学生が進路相談に来るはず。
(そう言えば前回会った時も、ここで会った。あれはもう4年半くらい前だなあ)
 マスターおよそ4年前のことを思い出した。

 1月2日だった。
 マスターの店の仕事始めの日である。正月開けておくとわりあいお客さんが来る。
 田舎に帰らなかった、独身の常連があまりやることもなく、暇なのでなんとなく来る、というパターンが多い。それと、「他の店が休みで、やっているのがここくらいしかなかったので来た」という初めてのお客さんも毎年のように何人かいる。
その日は、この喫茶店は正月で休みだったので、ファミリーレストランに入った。
スポーツクラブが休みだったので、いつもより早めに1時ごろに入った。
(あいつが来るのは、5時だから、まだけっこう時間がある)
その日もドラッガーの『プロフェッショナルの条件』を開き、まず「Part3 2章 自らの強みを知る」の「仕事の仕方に着目する」という項目を読んだ。

 仕事の仕方について初めに知っておくべきことは、自分が読む人間か、それとも聞く人間かということである。

 受験勉強でこういう視点を意図的に取り入れて指導している高校は少ないかもしれない。マスター自身の受験の頃も、聞いたことがなかった。が、これはこれでけっこう大事そうだ。予備校で授業を聞くか、予備校にはいかないでそのぶん受験参考書等を使って自習する時間を増やすか、という選択にかかわるところである。

Part3 3章 時間を管理する」の章では、まず「時間の使い方を記録する」という項目を読んだ。

 重要なことは記録することである。記憶によってあとで記録するのではなく、ほぼリアルタイムに記録していくことである。

 次に「汝の時間を知れ」という項目を読んだ。

 時間は希少な資源である。時間を管理できなければ何も管理できない。そのうえ、時間の分析は、自らの仕事を分析し、その仕事の中で何が本当に重要かを考えるうえでも、体系的かつ容易な方法である。

(受験生にとって一番大切なのはここじゃないかな)
 マスターはこの部分にマーカーを引いた。そして、「時間は希少な資源である」という言葉を手帳に書き写した。

 裕樹が、そのファミリーレストランに来たのは、マスターが本を閉じて新聞を読み始めしばらくしてからだった。
「やー、すごい久しぶりだなあ」
「はい」
 裕樹はマスターの息子で、別れた妻のところにいる。
「お母さんは元気かな?」
「元気です」
「今日俺に会いに来ることは、お母さん知ってる?」
「言ってから来ました。勉強のことはパパに聞くといいんじゃないか?っていう感じだった」
「うーん、そうか。お母さんは、相変わらずM病院の外科の外来受付のところにいるのかな?」
「なんにも言わないけど、異動したら言うはずなのでたぶんそうだと思う」
「うーん。それでどんなことを聞きたいんだ」
「ぼくの場合、学校の試験はよくできて、意外にも今までずっと学年トップクラスなんだけど、2年の後半になって模擬試験を受けるようになると、模試の成績があんまりよくないんですよ」
 裕樹の通っている高校は、私立K高校という都内でも有数の進学校なので、校内でトップクラスの成績なら本格的に受験勉強に入り模試を受けてもいい成績がとれそうな気もする。
「そうか。じゃあ、まず学校の勉強はどういうふうにして勉強しているか教えてくれる」
「まあ、別に普通に勉強しているだけだけど。家で一人で勉強することもあるけど、わりあい、ファミリーレストランに行って友だちと教え合いながら勉強することが多いかなあ。友だちに教えるとわりあいよくできるようになる感じがする」
「受験勉強は?」
「受験勉強になると、みんな志望校も違うし、勉強するペースとか使っている参考書や予備校のテキストも違うから、一人で勉強するしかない」
 マスターは、「…知っておくべきことは、自分が読む人間か、それとも聞く人間かということである」というドラッガーの言葉を思い出した。
「うーん、それで予備校には行ってる?」
「人の話を聞くよりも、参考書や問題集の答えを読んだ方が勉強しやすいので、予備校には行っていません」
「それはいい判断かもしれない。それと、友だちと一緒に勉強しにくくなった、という話だけど、どうすればいいか、考えてる?」
「あまりいい対策はないような気がします」
 マスターはドラッガーの言葉をもう一つ思い出した。

 …学生に教えるのは自分がする話を自分の耳で聞きたいからだ、そうすることによって初めて書けるようになる…

 確か大学教授の例だと思ったが、大学受験生にもあてはまりそうだ。
「まあ、無理に友だちを巻き込むことができないんでそこは難しいところだろうな。空想上のエア友だちみたいなものがいると仮定して、それに対して説明する場面をつくるようにして勉強してみたらどう。要するに、自分がしゃべったことを自分の耳で聞くことが大切なんだろう」
 このやりとりを思い出して、マスターは気がついた。
 アヤメにエア後輩という話をしたが、約4年前のあの時も似たようなことを言っていたんだ。
 あの時はまたなんで、そんなことを考えついたのだろうか?謎だけど、エアギターコンテストというのはかなり前からやっているらしいので、あの時もエアギターコンテストのことをテレビ等で知っていたのかもしれない。
「効果があるかどうかわからないけど、やってみるよ」
「それと、今日は何をやったとか。何ができるようになった、とかいうことは、何かに記録してる?」
「問題集でできなかった問題に○をつけるくらいですね」
「そうすると、前の日のことくらいは思い出すかもしれないけど、一昨日くらいから前にどんなことをやってどの程度できたかということは、あんまりわからないか?」
「そうかもしれない」
「勉強は、まあ、ちゃんと勉強しさえすればもちろんそれなりに成果はあがるけど、やみくもにやるよりは時間や情報をちゃんと管理した方が、成果が上がりやすくなる場合が多い。例えば、問題を解くときはどんな紙にやってる?」
「わら半紙を束で買ったやつを机に置いておいて、それを1枚ずつとってやっている」
「使い終わった紙はどうしてる?」
「1か月くらいとっておいて、その後捨てています」
「それは、どうしてそういうふうにしているんだ?」
「科目別にノートを作ったりするよりは、『あの科目のノートは?』なんてノートを探さないですむし、でかい真っ白い紙がなんとなく好きだからでしょうか?」
「それはそれで、それなり合理的なのかもしれないけど、例えば100枚くらいのぶ厚いノートを買ってそれに全教科やるようにすると、今までどういうふうに勉強したか、それまでの流れがわかりやすい。そういうやり方はどうかな?」
「うーん、やってみないとわからないような気がしますが」
「まあ、これは人によってやり方があるけど、俺が昔家庭教師をしていた子どもは、それでうまくいっていた。家庭教師派遣業者の人から聞いてやり方で、業者の人は『ノート一冊主義』なんて言っていた。普通に前から順番に使うんだけど、勉強する前に日にちを書いて、前の日にやったことを見てから、今日やるべきことの予定を決めて、それを日にちの下あたりに書き出す。暗記物を書きなぐって覚えるのも、数学の計算も、とにかく勉強に関して書くことはすべてそれに書く。勉強が終わったら、できたことはチェックマークをつけ、できなかったことは四角で囲む。そうすると、次の日勉強に入る時、今までの流れを踏まえてその日何をすべきかわかりやすくなる。それと、できるだけ何時から何時まで勉強した、とか、どれにどのくらい時間がかかったとか、おおざっぱでいいから書いておく」
「うーん、そういう方法もありますね。やってみようかな」
「わりあい、時間について記録するのがコツだと思う。時間の管理も、情報の管理も1冊のノートでできる。まあ、情報管理の方は問題集に印をつけたりするのと合わせ技というところなのかな。やってみて合わなかったらまた前のやり方に戻ればいい」
「うーん。そうかなあ」
「おれが若い頃読んだ本に、記録をとらないで物事を進めるのは、ほうきを持って自分の足跡を消しながら砂漠を後ろ向きに歩くようなものだ。という言葉があった。記録する習慣っていうのは、けっこう大事だと思う」
「面白いたとえ話ですね」
 裕樹のその時の口調は、「わりあいよさそうなので試してみよう」という感じだった。

※ 次の話→もしスナックのマスターがドラッカーの『プロフェッショナルの条件』を読んだら 第6話 つまるところ、優先すべきは価値観である(その2)

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