心の中に住み着いた「将棋君」が暴れだす その47

 元奨励会員の筒美が、将棋指しになれなかった自分の人生を振り返り思い出すことを書いています。
※ 最初から読みたい方は、心の中に住み着いた「将棋君」が暴れだすから読むことをおすすめします。 
※ ひとつ前の話→心の中に住み着いた「将棋君」が暴れだす その46

 教員採用試験
 予備校講師3年目も2年目と同じような仕事をしたが、京華中学の仕事がなくなった。
 どういう事情でクビになったのかよくわからなかった。もしかしたら、正規の教員を雇ったために非常勤に持たせる授業が減ったのかもしれない。あるいは、周囲にいた非常勤の人でクビになった人が何人かいたので、定期的に非常勤を入れ替えるタイミングがあって、たまたま自分は入ってすぐにそのタイミングに当たってしまったのかもしれない。
 英語科の主任はわりあい評価してくれているようだったし、生徒に授業評価アンケートをとったり管理職が授業を身に来たりすることはなかったので、授業に対する評価とは関係がなさそうだった。
 前年度忙しかったおかげで少しお金がたまったので、無理に仕事を増やさないで教員試採用試験の勉強に力を入れることにした。
 この年度の仕事は、江戸川取手の非常勤が週に2回、静岡学園予備校が週1回、家庭教師が週3回で、経済的には少し収入が減り、なるべく倹約して生活して、教員採用試験1発合格を目指していた。
 当時、自分が受験した東京都の教員採用試験は1次と2次があった。
 1次は、教科・教職教養の筆記試験。1次合格者だけで行う2次は、面接・集団討論・小論文だった。
 教職教養は市販の対策本を買ってきて勉強した。どうも答えが間違っているのではないかと思われるところがあったりしてあまり感心できないところもある本だったが、ある程度の勉強はできた。
 試験を受けた感触では教職教養及び専門ともにある程度できたような気がした。
 結果は、1次試験合格。2次に進めることがわかり、2次試験対策ゼミに通った。
 これは、1次の会場で配っていたチラシで知った講座で、学習塾の教室を借りて実施され、2次の試験科目の個人面接・集団討論・論文に関する講義及び実技演習がその中身だった。
個人面接の練習は、「5人くらいのグループに先生が一人ついて、一人ずつ先生の模擬面接を受け、あとの4人はそれを聞いていて、模擬面接が終わると、先生があそこはああした方がいい、ここはこうやった方がいいと講評を述べる」という形式だった。
 「卒業式の日の丸・君が代をどうするべきか」という質問に対し「生徒にとって一番いい方法を生徒たちとよく話し合って考えていきます」という答えを言った受験生には、「日の丸・君が代は、『ちゃんと実施します』と答えないとこの試験は受かりません」という講評があった。
 自分は、答える時にテレビの討論番組みたいにジェスチャーを入れる癖があり、それについて「止めるべきだ」と指摘された。
 集団討論の練習は、実際の試験と同じような形式で集団討論を行い、それについて先生があれこれ指摘する形で行われた。
 「他人の意見をよく聞いていることを試験官にわかってもらえるように、他人が話した内容を要約して話してから、それに対する自分の意見を言うようにするといい」といった感じの指摘があった。
それと「司会を決めて行う場合は、司会役になるとやや有利になることが多い」というセオリーのようなことも言われた。
 小論文の演習は、与えられた課題について自分で書いたものを提出して、それに点数と指摘事項が書かれたものが戻ってくる、という形で行われた。
 最初はあまりいい点数がもらえなかったので、書き方を変えて、あまりにも真面目・良心的に考えすぎないでやや能天気で明るい希望を語るような内容のものを書くように心がけたら、いい点数がもらえるようになった。
 「こんなもんなんだなあ」「あんまり感心しない採点方法だな」というやや釈然としない気持ちになかったが、本番も練習で点数がよかったやや能天気な書き方を心がけることにした。
 本番の試験の時程は、午前中が小論文、午後からまず個人面接があり、最後に集団討論という順番だった。
 小論文はあらかじめ考えていたような、やや能天気で明るい希望を語るような内容が書けた。
 個人面接では、面接官が大学時代の部活の将棋研究会のところに目をとめて質問した。
40代~50代に見える男性の面接官が3人いて、そのうちの一人だった。
「将棋をやっていた経験は教師の仕事にどう生かせると思いますか」
 まあ、ありがちな質問だけど、どう答えればいいのだろうか。この質問に答える準備はしてこなかったし、何を答えていいのかどうも悩ましい質問だと思った。こんな時は「将棋くん」に出てきて欲しいのだが、最近はどこかに隠れてしまって全然出てこない。
 その時、自分の口が勝手に動き出した。
「将棋というのは、もちろん一人でパズルを解くような要素もありますが、それ以外に相手の心理を読んで相手の嫌がる手を指すと言う面もあります。教員の仕事というのは、逆に生徒が喜んで勉強できるようなことをしないといけないのですが、将棋で相手が嫌がることを研究していれば、その逆をやればいいのですから、将棋で学んだことは生かせると思います」
 と言うと、試験官はうなずきながら聞いていた。
 面白味のない優等生的な答えだが、教員的なもの言いである。確かに教員採用試験の面接用の答えとしてはなかなかいい答え方のような気がした。たぶん、自分の能力でこれ以上の答えを言うのは難しいだろう。
 事前に準備していた答えではないので、「将棋くん」が降臨して言ってくれたに違いない。「将棋くん」だけで考えて言ったのか、「元奨くん」と一緒に考えたのかわからないが、これには助けられた。ちょうどいい時に出てきてくれた、と思った。
 そして、「好きな棋士はだれですか」と聞かれた。
どう答えようか。正直に花村先生なんて言ったって試験官は知らないかもしれない。
 試験官がどの程度将棋に詳しいかわからないが、できるだけ試験官が知っている可能性が高い有名な人にした方がいいだろう。
 そうすると、中原・米長・加藤一二三・谷川あたりか。別にこのメンバーの中に特別に好きだという人はいないし、それぞれ素晴らしいものを持っていて甲乙つけがたい。どうしようか。
 と迷っていたら、再び口が勝手に動き出した。
「中原名人、失礼しました。今は名人ではないのですが中原先生です」
 これも「将棋くん」が言ってくれたようだ。
 確かに、この場は教員採用試験の面接なので、人格円満・無難なキャラクターで、才能もあるけど努力の人である中原先生がいい。というのは妥当な判断だ。
 試験官は「中原前名人ですね」と言って頷いていた。
 「将棋くん」も少し緊張していたのだろうか。その頃はもう名人ではなかったのに最初「中原名人」と言ってしまったが、そのくらいのことで減点にはなりそうにない雰囲気だった。
 「好きな棋士はだれですか」という質問とか、その時の雰囲気からすると、試験官も将棋を指す人なのか、あるいは将棋に対して好意的な人ではないかな、と思った。
 それにしても、意外なところで「将棋くん」に助けられたものである。「将棋くん」は「元奨くん」に比べるとどうも何を考えているのかよくわからない。でも、そこが持ち味だ。それでいいのである。
 それと、対策ゼミで指摘されたようにジェスチャーを入れないで話すこともたぶんできていた。
 集団討論では、とにかく他人の話すことをよく聞いて、それを生かす発言をすることを心がけ、まずます無難に発言することができた。
 後日、教育委員会から送られてきた封筒を開けてみて、合格したことがわかった。
 個人面接のできがどの程度重要なのかは、配点が発表されていないのでわからなかったし、面接官がどう評価したのかも、本当のところはもちろんわからないのだが、試験を受けた感触としては、教員採用試験では意外にも「将棋くん」に助けられたのではないかと思った。

※ 次の話→心の中に住み着いた「将棋君」が暴れだす その48

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