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【『名探偵の有害性』8月刊行記念スペシャル企画】ちょっとだけ帰ってきた桜庭一樹読書日記 第2回

 桜庭一樹さんの新作長編『名探偵の有害性』の刊行を記念して、あの一世を風靡した伝説のweb連載〈桜庭一樹読書日記〉が二回限りで復活します!本を読み、編集者と打ち合わせ、喫茶店で仕事して、ふしぎな人たちと行き会う毎日。「ちょっとだけ」帰ってきた読書日記を読みながら『名探偵の有害性』発売日を楽しみにお待ちください。

装画:オオタガキフミ/装幀:岩郷重力+KK

『少年になり、本を買うのだ。 桜庭一樹読書日記』『書店はタイムマシーン 桜庭一樹読書日記』は電子書籍でお求めいただけます。

※「ちょっとだけ帰ってきた桜庭一樹読書日記」第1回はこちら※

『名探偵の有害性』(四六判上製)2024年8月30日発売!
かつて、名探偵の時代があった。ひとたび難事件が発生すれば、どこからともなく現れて、警察やマスコミの影響を受けることなく、論理的に謎を解いて去っていく正義の人、名探偵。そんな彼らは脚光を浴び、黄金時代を築き上げるに至ったが、平成中期以降は急速に忘れられていった。
……それから20年あまりの時が過ぎ、令和の世になった今、YouTubeの人気チャンネルで突如、名探偵の弾劾が開始された。その槍玉に挙げられたのは、名探偵四天王の一人、五狐焚風だ。「名探偵に人生を奪われた。私は五狐焚風を絶対に許さない」と語る謎の告発者は誰なのか? かつて名探偵の助手だった鳴宮夕暮——わたしは、かつての名探偵——風とともに、過去の推理を検証する旅に出る。



五月某日

ただ文字が燃えつきたあとの灰に、自己存在の幽霊的なあり方の極北をわたしが個人的に感じるまでのことである。われは灰なり、文字の幽霊なり、といったつぶやきを。

――小津夜景『いつかたこぶねになる日』

 東京創元社の応接室で、K島氏と打ち合わせをしていた。と、ドアがばんっと開き、SF班K浜氏が顔を出した。

わたし「あ、こんにち……」

 そう言いかけたところで、K浜氏が無言でばんっとドアを閉めていなくなったので、あれっと思う。
 と、一分後ぐらいに、またばんっとドアが開き、

K浜氏「え! もしかして、桜庭さんなの!?」
わたし「はい……。わたしです……」
K浜氏「髪、すっごく赤くない? 気づかなかったよ」
わたし「そう、そうなんですよ! 聞いてくださいよ。こんな〝赤いシド・ヴィシャス〟【*1】みたいなルックスになったのには、事情があるんです」

 と、わたしが立ち上がって話し出す。
 K島氏も「えっ、誰みたいですって?」と怪訝そうにしている。
 先日、わたしは美容院に行き、「前回のカットがよかったから同じように切ってください。カラーも同じので」と、美容師さんに前回と同じ写真を見せた。ごく一般的なショートボブの写真だ。ところが、めちゃくちゃ短く、アバンギャルドなカットになり、色もすごく赤くなったのだった……。

K島氏「って、現実にそんなことあります? 美容院で?」
わたし「それが、あったんです(頭を指差し)」
K浜氏「色も赤くなったの? いや、いいよ、似合ってる、似合ってるよ……」
わたし「お気遣いありがとうございます……。わたしの周りでは二名の女性に好評でした。一人は武蔵美の学生さん、もう一人はK-POPファンの方です。……でもー、早く伸びてほしいよー。中身はわたしで髪だけK-POPはバグでしょうー」
K島氏「いや、だから、そんなことあります? 美容院で?」
わたし「わたし、自分なりにこの事件を推理したんです」
K島氏「推理?」
わたし「はい。去年も一回、オーダーとぜんぜん違う髪になったことがあって、今回で二回目なんです。この二回の共通点をわたしは突き止めました」
K島氏「ほう」
わたし「『前回と同じカットでお願いします』とオーダーしたんです。すると全然ちがうカットになった、と」
K島氏「いや、だから、そんなことあります? なんで?」
わたし「おそらく犯人は、被害者から『同じことをしてくれ』と言われるのがいやだったんじゃないでしょうか。アートワークとして常に新しいことをしたいのではないかと」
K島氏「だから、そんなこと、あります……?」

 と、立て板に水で迷推理を披露していると、SF班K浜氏が「あっ」と身を乗り出した。

SF班K浜氏「その事件、ぼく知ってるよ!」
わたし「知ってる?」
SF班K浜氏「小説の依頼とちょっと似てない?」
わたし・K島氏「……あー!!」
SF班K浜氏「ね? 前回よかったから、同じテイストの原稿がまたほしいなぁと思って、作家に執筆を依頼すると?」
わたし「ぜんぜんちがうタイプの原稿が?」
K島氏「くるーーー?」
わたし「おぉぉ、なるほどぉ……」

 としみじみとうなずきあう。腕を組み、「おそらく犯人の動機は同じですね」と言う。
 確かにわたしも、○○が評判よいようなのでうちでも同じような小説を、というオーダーをいただくと、なぜか想像がうまく働かなかったり、ちがうものに挑戦したくなったりする。正直ちょっと「いいところを見せたい」とか思って……。
 ということは、次回から美容院で、同じカットとは言わず、同じことをちがう言葉で表現すればよい、相手のクリエイティビティに寄ったオーダーにしよう、よし、事件は見事に解決した……かもしれないし、ちがうかもしれない、【*2】まだわからない。とりあえず髪が伸びたらまた行こうと思う。
 打ち合わせが終わって、東京創元社の近くのお寿司屋さんに向かった。K島氏から「そうだ。奇しくもこちらにも“名探偵の有害性”が描かれていると思うんですよ。よかったら」 と、米澤くんの新刊『冬期限定ボンボンショコラ事件』【*3】をいただいた。あとさいきんのホラーブームのお話をしたりした。
 この夜。家に帰り、マンションのポストを開けたら、文春のフリル王子から郵便物が届いていた。小林エリカさんの新刊『女の子たち風船爆弾をつくる』【*4】だ。気になって買おうとしていた本……。フリル王子が作ってたのだな。
 部屋に入り、元文春の紋別くんから、編集した本としてさいきんいただいた『普通をずらして生きる』【*5】と、K島氏に今夜いただいた『冬期限定ボンボンショコラ事件』と一緒に、テーブルのよく見える場所においた。つぎはこれを読もう。
 お風呂のお湯を入れている間に、お風呂で読む本を探して部屋の中を歩き回り、石川忠久さんの『漢詩への招待』【*6】を取り出した。
 わたしは今年になって漢詩に激しめにハマっていて、その話を以前K島氏にしたら、小津夜景さんの『いつかたこぶねになる日』【*7】と一緒にこの本を勧めていただいたのだ【*8】
 漢詩って、昔の中国の、科挙試験に合格した超エリート官史の男性が書いてることが多いんだけど、トップダウンで左遷されちゃって、学生時代の親友は逆の方角に左遷されちゃって、国が大きいから北と南でぜんぜん会えなくなって【*9】、今の感覚で読むとブロマンスっぽい情熱的な詩を送ったりしている。君の夢を見たのは君の魂がぼくに会いに飛んできてくれたからだね【*10】、とか……。二十年後にようやく親友と再会できたら、どっちも歯も抜けて髪も真っ白になってて【*11】、酒を飲んでも、胸がいっぱいすぎてぜんぜん酔えなかったんだよね、とか。あと、王様だったけど国が滅びて追放され、無念の思いを詩にしたら、傑作すぎて有名になり、民への影響力を持ったせいで毒殺された【*12】人とか……。
 北の凄い寒さ【*13】。国(と共にアイデンティティー)を奪われた王の悲嘆。老人に姿を変えた若き日の友。夜空に浮かぶ仙女【*14】の妖しく美しい姿。塔に幽閉された若妻の絶唱【*15】。赤い花びらが大量に散る様【*16】を国の滅亡、つまり血になぞらえた歌声……。
 たぶんわたしは、生来の〝ゴシック好き〟が中国に向かっていま大爆発してて、漢詩沼に人中(鼻の下)まで浸かってるんだろうなぁ。悲劇の美しさ、自然の残酷な雄大さ、古城と死者、激しい愛と諦念、取り返しのつかない長い月日……。
『漢詩への招待』は、漢詩の成り立ちから歴史をふまえて教えてくれて、興味があるけどどこから学んだらいいかは五里霧中、というわたしみたいな人に最適の本だ。『いつかたこぶねになる日』のほうは、わたしはこんなふうに読んでるよ、という友達の話を聞いてるみたいで楽しいし、フランスでの生活と、著者の心でスパークする漢詩の世界のダイナミックな対比も面白い。
 お風呂から出て、二冊を交互に読み進めながら、(大声では言えないけど……すべてが漢字の文章って、心の厨二病部分を直撃してくるなぁ。「夜露四苦!」とか、暴走族の特攻服とか。こう、「天上人閒!【*17】」とか「踏花同惜少年春!【*18】」とか、漢字がかっこよく並んでるのを見ると、ぱらりらぱらりら【*19】ってやっぱりなる……)とこっそり考えながら、いつのまにかうとうとと眠った。


七月某日

「ぼくたちは一度、奴に会ってる」夫がまた言った。
「あのころの話がしたいな」
「あのころ?」

――マリー・ルイーゼ・カシュニッツ、酒寄進一訳「白熊」(『その昔、N市では』)

わたし「Fさん……Fさん……Fさぁぁぁ……ん……(とても小声)」
薙刀F嬢「(デスクで振り向いて)うわぁぁぁ! なぜ桜庭さんが4階の廊下にヌッといる?」
わたし「1階のドア、鍵、なぜか開いてて、つい……入ってきちゃいました……」
薙刀F嬢「(立って)ちょ、セキュリティー!!」

『名探偵の有害性』の再校ゲラが出たので、受け取りと打ち合わせをかねて、また東京創元社に向かった。すっかり真夏日になり、最高気温は36度。外では日傘とサングラスで完全防備だ。
 応接室で、薙刀F嬢とプルーフの相談などをしていると、ドアが元気よく開き、K島氏が顔を出した。室内を覗いて、廊下に一回戻り、急いで戻ってきて、

K島氏「あれっ、桜庭さん? 髪型が変わってて一瞬気づきませんでしたよ」
わたし「あのあと、髪が伸びて、色も元に戻ったんです。この姿こそが内面を投影したガワです。こっちのアバターで認識お願いします」

 と立ち上がって、頭を指差し、真剣に言う。

K島氏「お、おぉ」

 それから三人で、ゲラをどう直すかとか、サイン本の作業の時期とか、いろいろ打ち合わせした。
 その合間に、

K島氏「そういや、最近はどんな本を読んでるんですか?」

 と、聞かれ、首をひねり、

わたし 「短編集が多いですねぇ。今年は自分も短編をたくさん書こうとしてるからかな。「文藝」で斜線堂有紀さんと短編コラボさせていただいたり、Kaguya PlanetさんでSFショートショートを書いたり、河出書房新社の百合アンソロジー本に参加したりとか。だから短編を勉強したいと思ってるのかな。そうだ! 今日はこれをお勧めしたくて持ってきたんですよ」

 と、「吟醸掌編Vol.5女性作家ミステリ号」をカバンから取り出す。

わたし「これに載ってる栗林佐知さんの短編「ばあちゃんは見ている」が、ちょっと仁木悦子さんを思い出すような良い塩梅のサスペンスだったんです。韓国文学翻訳家の小山内園子さんがお勧めされてて読んだんですけど」
K島氏「ニャー!」
わたし「……え、ニャー?」
K島氏「桜庭さん、見てください! 表紙のイラストの、紅茶を飲む猫のおばあさん、執筆者紹介欄によると、 ミス・ニャープルっていうんですよ!」
わたし「あっ、ほんとだ。アガサ・クリスティのミス・マープルのもじりかな……」

 そのあとしばらく、K島氏はミス・ニャープルの可愛いイラストを気に入って、ずーっと見ていた【*20】
 作業を続けつつ、ミス・マープルからの連想で、薙刀F嬢と安楽椅子探偵物の話をした。わたしが最近気に入ってる安楽椅子探偵物は、ドラマ〈この動画は再生できません〉【*21】で、これは枠組みとしてはホラーなんだけど……?

わたし「実録ホラー動画の仕事をする編集マンと、動画を配信するユーチューバーがダブル主人公なんです。芸人のかが屋さんが演じてて。毎回、視聴者から届く呪いの動画を見て、じつは怪奇現象じゃなく不穏な事件が起こっていたことに気づきます。狭い編集室で二人、材料は短い動画だけで、事件を発見し、推理し、真相に気づくという短編シリーズで……」
薙刀F嬢「あぁー、それは確かに安楽椅子探偵ですね」
わたし「でしょう? 人気が出て、シーズン2も作られて、9月には映画も公開されるんです。わたしこういう、ホラーかと思ったら論理的に謎が解けた、っていうミステリーが大好きなんですよ。やっぱりホームズの影響かなぁ。『バスカヴィル家の犬』とか「まだらの紐」……。あとディクスン・カーもかしら。「めくら頭巾」【*22】とか「妖魔の森の家」とか……」

 と話す。
 やがてK島氏がミス・ニャープルから視線を離して、「さいきんほかにどんな短編を読みました?」と聞くので、

わたし「えーと。あっ、外国の本でいいのがありましたよ。ただタイトルと著者名がいま出てこなくて……」
K島氏「ヒントが少なめ」
わたし「ウーン、灰色の本で……」
薙刀F嬢「わかった、『寝煙草の危険』【*23】!!」
わたし「それか!!(スマホで検索して)ちがった!」
K島氏「ぼくその本、表紙の虫の絵がすごく怖くって【*24】まだ読めてないんですよ」
わたし「あ! 虫じゃないけど、生き物のイラストの表紙だったような気がしますよ」
薙刀F嬢「ヒントが増えた。たとえばどんな話が載ってた、とか?」
わたし「うー。女性が夜、家に一人でいると、出張中のはずの夫が帰ってきて、暗闇に立ち、女性が長年秘密にしていたことについて、僕は知ってたんだぞっ、と責め始めるんです。夫の様子がすごくおかしくて、まるで幽霊みたいで。もしや死んでるのかな、みたいな。女性は本当のことを告白するか、隠し通すか、人間か幽霊か判然としない夫の前で迷う。そして……。ホラー系の落語みたいな不穏な面白さがあって、めちゃくちゃよかったんです」

 と言いつつ、タイトルも著者名もイラストの生き物もなぜか思いだせなかった。
 さらに、最近よかった国内の短編で、「不安スポンジたち」(赤坂パトリシア)【*25】「電信柱より」(坂崎かおる)【*26】「マジック・ボール」(暴力と破滅の運び手)【*27】「今夜宇宙船の見える丘に」(澤村伊智)【*28】などの話をした、あと、短編と長編の違いは、とか、いろいろ……。
 夕方五時をすぎた。軽くご飯を食べて帰ることになり、三人で東京創元社から外に出た。
 まだ陽が高くて、暑くて、眩しい時間だけど、意外と外はかなり暗い。入り口の階段を降りながら、「まだ五時台なのにずいぶん暗いですねぇ」と言う。薙刀F嬢が「そうですか?」と不思議そうにし、わたしを見て、(アッ………)という表情になる。わたしもほぼ同時に同じことに気づいて、自分の顔に向かって震える右手を近づけ、

わたし「わたしサングラスしてたわ!」

 と叫んで、道路にへなへなと崩れ落ちた。こんな会話、現実にあったんだ……。隣で薙刀F嬢も「それこないだの読書日記じゃないですか!【*29】 ほんとうにあるんですね!」と両手を広げて驚いた顔をしていた。
 この夜は、帰宅してからも、灰色の本のことがずっと気になって部屋中を探し回った。でも本ってなぜか探していると出てこない。とくにさいきんは紙と電子書籍が半々なので、電子書籍の端末の奥に隠れている本となると……。
 そのくせ、探してるんじゃない本ばかりみつけて、読み直し始めちゃったりする。あ、これよかったよなー。マレーシアの女性作家の賀淑芳さんの短編「男の子のように黒い」『アミナ』【*30】)。『フライデー・ブラック』【*31】もよかった。あっ、『寝煙草の危険』を発見した。
 とか、海外文学の短編集がつぎつぎ出現するけど、どれもあの灰色の本じゃない。
 好きな本たちに囲まれながら、ふと思った。さいきん自分が好きな短編には共通点があるかも? 人間の〝ダメージからの回復〟を書いている面があるような気がするなぁ。
 わたしたちはみんな、生きてたら辛い目にいろいろあうものだけど、それは実はありふれた事象だということが多い。それがまた悲しい。失恋、仕事の挫折、死別、裏切り。こんなに悲しいのに、初めての経験なのに、同じことをこの世の誰かがもう経験してて、よくあることだよ、なんて誰かに言われたら刃物でザックリ刺されたように、痛い。
 でも、どれだけありふれた傷だとしても、そこから回復していく道筋はみんなちがう。小説って、その〝よくあるダメージからのオリジナリティあふれる回復の物語〟を、作者一人一人が、読者だけに、小声でそーっと教えてくれるものなんじゃないかな。
 短編はとくに、取り返しのつかないことがすでに起こってる状況で始まって、回復の途中で終わるものが多いかも? ありふれた痛みから始まったあなたの魂の旅をわたしもいま一人ぼっちで読んでるよ、旅の途上であなたを見失ったから、読み終わってからもずっとあなたのことを考えてしまうよ。遠い国の、そして本によっては遠い時代の作者たちに向かって、そう思いながら、この夜は眠っ……いや、眠ろうとして、ようやく灰色の本をみつけたぁ! パソコンの端末の奥のほうにあった。ありました。黒い熊(?)のイラストの表紙。これ、これです。
『その昔、N市では カシュニッツ短編傑作選』(マリー・ルイーゼ・カシュニッツ)【*32】収録の「白熊」
 出版社は……?
 あっ。

わたし「東京創元社の本でした……!!」

 と、夜のしじまで、部屋の真ん中で、東京創元社のある西の方角に向かって小さく一声出してから、時間も遅いので、もう眠った。


【脚注】

*1 シド・ヴィシャス

英国のパンク・ロックバンド「セックス・ピストルズ」のベーシスト。頭がわさわさツンツンしている。(F)

*2 事件は見事に解決した……かもしれないし、ちがうかもしれない、まだわからない。

小説の話がでてきたので言いますと、どうしたら良いかは永遠の謎ですね……。まあ、こちらだって作家さんに「あの本の帯みたいなコピーをまた書いてください!」と求められても「ん? え? はい?(どうしたらいいんだ?)」となりますし。(K島)

*3 『冬期限定ボンボンショコラ事件』

名探偵側から名探偵の有害性を語るのは大変なことで、その困難に挑戦した作品というふうにわたしは読みました。また、男性側から男性の有害性を語るのも大変なことですが、それに挑戦したのがカツセマサヒコさんの新刊『ブルー・マリッジ』。これらの声を受けて、女性として書きたいことが自分にもまた生まれてきます。(桜庭)
現時点における米澤穂信さんの最新長編で、春期、夏期、秋期と続いた四部作の完結編。傾向は違っても、僕にとっては(ほんとうに“奇しくも”)二作連続で“名探偵の有害性”に関連する長編を担当することになりました。(K島)

*4 『女の子たち風船爆弾をつくる』

史実のみを短く羅列することによって歴史を描く。小説でありながら、ドラマチックな架空の事件を使わず、事実のみを正確に伝えてくる作品。(桜庭)

*5 『普通をずらして生きる』

発達障害や自閉症と診断される「非定型」な人を、社会の中で〝分ける〟のではなく、〝混ざる〟という提案する本です。(桜庭)

*6 『漢詩への招待』

「詩経」「楚辞」から、李白、杜甫、白楽天、近代の魯迅まで、一四〇の詩を愛でる――三千年の歴史を誇る中国の詩の世界は日本人にとっても宝物だった。精選した名詩を達意の文章で紹介した格好の漢詩入門。

*7 『いつかたこぶねになる日』

ニース在住の俳人である著者が、自身の記憶や南仏の自然に古今東西の先人たちの詩を重ねて描く、全三一編のエッセイ集。
単行本の帯に池澤夏樹さんが寄せている「この人、何者?」というナチュラルな驚きに頷きつつ読み終えました。こういう本や著者がぽんっと飛び出てくるたびに「世界は広い。そして計り知れない」と頭を垂れます。(F)

*8 と一緒にこの本を勧めていただいたのだ。

海外ミステリを読んでいたある日、「これらを味わい尽くすにはシェイクスピアを読んでおかなければ!」と急に何かに取り憑かれたように一念発起し、シェイクスピアを読み始めたことがありました。それと同じように森鷗外を読んでいたある日、「漢詩を読まなければ!」と俄かに思い立ちまして、けれど何を読めばいいのかよくわからず書店をうろうろしていたら、当時刊行されたばかりの『カモメの日の読書 漢詩と暮らす』(東京四季出版)を見つけ、小津夜景氏の存在を知ったのです。心躍る読書でした。『漢詩への招待』もほぼ同時に買った本で、毎日お風呂で少しずつ読み続けていました。(K島)

*9 北と南にいてぜんぜん会えなくなって

黄庭堅「寄黄幾復」。十年会えない友達を思って「君のいる南の地では、濁流の向こうで猿が鳴き、熱帯の谷に藤が咲いているんだろうなぁ」と北の地でしょんぼり言っている詩です。(桜庭)

*10 君の魂がぼくに会いに飛んできてくれた

杜甫が李白に送った詩。二人は中国語圏の一部でBL読みされています。杜甫が李白を思う強火の詩が多く、李白のほうは今一歩クール。(桜庭)

*11 歯が抜けて髪も真っ白になってて

杜甫の「贈衛八處士」です。(桜庭)

*12 毒殺された

南唐の最後の君主、李煜。宋に滅ぼされ、「虞美人」という絶唱的な詩を書いたら傑作すぎて消された(毒殺)。ほんとにゴシック世界だと……。(桜庭)

*13 北の凄い寒さ

白居易の「夜雪」という、「北に左遷されて寒い部屋で一人ぼっちで寝てたら、雪の重みで竹がパーンッと折れる音が外からしたんです(泣)」という、もう寂しいやら寒いやらの詩があります。大好きです。(桜庭)

*14 仙女

秦観「牵牛花」。天の川を仙女が歩いて玉の欄干にもたれる……という妖しい情景を描いています。夜明けに咲く朝顔の花を比喩しているよう。(桜庭)

*15 塔に半ば幽閉された若妻の絶唱

秦観「清夜悠悠」。高貴な女性は自由に出歩けない時代。絶対的な孤独を歌う詩。(桜庭)

*16 赤い花びらが大量に散る様

李煜「胭脂泪」。胭脂泪とは、地面に落ちた赤い花びらを、化粧の紅の混ざった女性の涙にたとえた言葉。戦禍で流された民の鮮血のことかも(と思ったけど自信がないです……)。(桜庭)

*17 天上人閒

李煜「浪淘沙」より。天上界と人間界のこと。(桜庭)

*18 踏花同惜少年春

白居易「春中輿盧四周諒華陽覲同居」より。親友と同じ下宿で仲良く暮らした若い日の歌。(桜庭)

*19 ぱらりらぱらりら

『製鉄天使』(創元推理文庫)の主人公・伝説のレディース〈製鉄天使あいあん・えんじぇる〉の初代総長たる不良少女、赤緑豆小豆の口癖。(F)

*20 ずーっと見ていた。

それでは諸君にもご覧戴こう、こちらがミス・ニャープルだ!(K島)

*21 〈この動画は再生できません〉

ホラーDVDシリーズ「本当にあったガチ恐投稿映像」の編集マンの江尻とオカルトライター鬼頭が、視聴者から送られてくる恐怖動画を見ているうちに、江尻が編集マンとしての知識や持ち前の洞察力でその裏にある「真相」を暴くという趣向のホラーミステリTVドラマ。

*22 「めくら頭巾」

「めくら頭巾」では、たしかに謎は論理的に解けるのですが……。(K島)

*23 『寝煙草の危険』

寝煙草の火で老婆が焼け死ぬ臭いで目覚める夜更け、庭から現れどこまでも付き纏う腐った赤ん坊の幽霊、愛するロック・スターの屍肉を貪る少女たち、死んだはずの虚ろな子供が大量に溢れ返る街……〈文学界のロック・スター〉〈ホラー・プリンセス〉エンリケスによる、12篇のゴシカルな恐怖の祭典がついに開幕!!!

*24 表紙の虫の絵がすごく怖くって

端的に言って、本にさわれません。あらためて蛾って昆虫なんだなあと思いました。あれ蟬じゃなくて蛾なんですよね?(K島)
蛾です。(F)

*25 「不安スポンジたち」(赤坂パトリシア)

百合アンソロジーのお仕事があり、百合総合文芸誌「零合」創刊号を読んでいて、みつけました。「搾取の元で(つまり対等ではない関係性の中で)友情は生まれない」という正論と、その先の、正論の枠外に生まれる複雑な愛情を描く。傑作です。(桜庭)

*26 「電信柱より」(坂崎かおる)

母と娘の物語だと思いました。ラストで電信柱に何かを削られていく娘の横顔は忘れがたし。批評家の水上文さんの感想をXで読んで手に取りました。(桜庭)

*27 「マジック・ボール」(暴力と破滅の運び手)

古き良きSFガジェットとフェミニズム。〝古い器に新しいものをのせた〟傑作だと思います。(桜庭)

*28 「今夜宇宙船の見える丘に」(澤村伊智)

氷河期世代の経済格差、介護離職、高齢な親がネットでハマる陰謀論、中年男性どうしの相互ケア……という現代的イシューを使ってSFに昇華する。面白いです。SF書評家の橋本輝幸さんが言及されていて読みました。(桜庭)

*29 それこないだの読書日記

「ちょっとだけ帰ってきた桜庭一樹読書日記」第1回参照のこと。(F)

*30 『アミナ』

マレーシア生まれの中国語で創作する女性作家による初の短篇小説集。〝境界〟というテーマで多民族・多言語国家であるマレーシアを舞台に、女性の視点から語られる十一篇を収録する。英国PEN翻訳賞受賞。

*31 『フライデー・ブラック』

作家の安堂ホセさんが書店のフェアで紹介されていて読みました。(桜庭)

*32 マリー・ルイーゼ・カシュニッツ

『その昔、N市では』が刊行されるまでは記憶にまったくなかった名前だったのですが、ある日『精霊たちの庭』(ハヤカワ文庫FT/刊行は1980年)の書影をネットで目にしてあっと言いました。装画の飯野和好氏はかつて角川文庫の宮沢賢治作品やアントニイ・バージェスの『どこまで行けばお茶の時間』(サンリオSF文庫)を手掛けた方で、この本も古書店で見掛け「いずれ買って読んでみよう」と思っていた一冊でした。そしていつの間にか忘れた……。そうか、あの本の作者がカシュニッツだったのか。(K島)


■桜庭一樹(さくらば・かずき)
1999年「夜空に、満天の星」(『AD2015隔離都市 ロンリネス・ガーディアン』と改題して刊行)で第1回ファミ通えんため大賞に佳作入選。2003年開始の〈GOSICK〉シリーズで多くの読者を獲得し、さらに04年に発表した『推定少女』『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』が高く評価される。05年に刊行した『少女には向かない職業』は、初の一般向け作品として注目を集めた。“初期の代表作”とされる『赤朽葉家の伝説』で、07年、第60回日本推理作家協会賞を、08年、『私の男』で第138回直木賞を受賞。著作は他に『製鉄天使』、『伏』、『小説 火の鳥 大地編』、『少女を埋める』、『紅だ!』、『彼女が言わなかったすべてのこと』など。エッセイ集に《桜庭一樹読書日記》シリーズなどがある。


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