【『名探偵の有害性』8月刊行記念スペシャル企画】ちょっとだけ帰ってきた桜庭一樹読書日記 第1回
【編集部より:この記事は2024年6月21日に公開されたものです】
桜庭一樹さんの新作長編『名探偵の有害性』の刊行を記念して、あの一世を風靡した伝説のweb連載〈桜庭一樹読書日記〉が二回限りで復活します!
本を読み、編集者と打ち合わせ、喫茶店で仕事して、ふしぎな人たちと行き会う毎日。「ちょっとだけ」帰ってきた読書日記を読みながら『名探偵の有害性』発売日を楽しみにお待ちください。
※『少年になり、本を買うのだ。 桜庭一樹読書日記』『書店はタイムマシーン 桜庭一樹読書日記』は電子書籍でお求めいただけます。
『名探偵の有害性』(四六判上製)2024年8月30日発売!
かつて、名探偵の時代があった。ひとたび難事件が発生すれば、どこからともなく現れて、警察やマスコミの影響を受けることなく、論理的に謎を解いて去っていく正義の人、名探偵。そんな彼らは脚光を浴び、黄金時代を築き上げるに至ったが、平成中期以降は急速に忘れられていった。
……それから20年あまりの時が過ぎ、令和の世になった今、YouTubeの人気チャンネルで突如、名探偵の弾劾が開始された。その槍玉に挙げられたのは、名探偵四天王の一人、五狐焚風だ。「名探偵に人生を奪われた。私は五狐焚風を絶対に許さない」と語る謎の告発者は誰なのか? かつて名探偵の助手だった鳴宮夕暮——わたしは、かつての名探偵——風とともに、過去の推理を検証する旅に出る。
三月某日
K島氏「バキッとして、シャキッとしてください」
わたし「……なんて?」
K島氏「バキッとして、シャキッとしてください。桜庭さん。こことここと、あと、ここです」
わたし「バ?」
薙刀F嬢「日本酒の冷やの、升にこぼれているこの部分の飲み方、未だにわからないんですよねぇ。何年もお酒を飲んでるのにねぇ……?」
三月某日。
飯田橋の焼き鳥屋のテーブルを囲んで、三人で打ち合わせしている。
目の前には、右手の人差し指を立てて話すK島氏と、片手で日本酒の入ったグラスを持ち上げ、升を見下ろして悩むF嬢がいて……。
わたし「バキッ? シャキッ?」
K島氏「つまりです。語り手が内面を饒舌に語ってて、途切れ目がない。場面転換の前、一、二行、書きすぎてると思うんですよ」
わたし「あ、なるほど! バキッ、なるほどね! これを書く前に文芸誌で何本か書かせてもらったので、エンタメの書き方とちょっと変わってたのかもしれないです」
K島氏「そうか。エンタメだと、一歩先に次のシーンに切り替えるんですかねぇ」
わたし「そうかもです」
薙刀F嬢「……アッ!?」
「紙魚の手帖」で連載した長編小説『名探偵の有害性』【*1】が完成したので、単行本用の改稿の打ち合わせをしているところだ。
この作品の前は『少女を埋める』【*2】が「文學界」、『彼女が言わなかったすべてのこと』【*3】「かわいそうに、魂が小さいね」が「文藝」、「赤」が「すばる」と、純文学の雑誌で小説を書いていたので、知らないあいだに書き方が少し変わってたのかもしれない。
打ち合わせが終わり、読書の話になった。
わたしもF嬢も中国SFを追っていて、宝樹さんと夏笳さんがとくに好きだという話になる。わたしは宝樹さんには「金色昔日」(『金色昔日』【*4】収録)でハマり、短編集『時間の王』【*5】を読んでるところ。F嬢はいま夏笳さんの英語の短編集【*6】を読んでるらしい。
続いて、中国ドラマの話にもなる。
上海租界を舞台にした物理トリック中心のミステリードラマ〈同居人は名探偵 〜僕らの恋は迷宮入り〜〉【*7】の話をわたしがして、「名探偵と警察署長と新聞記者の三人組が大好きになって、終わるのが寂しくて、最終回だけ見てないんですよ。ラストどうなったか心配してるんですよね」と言った後、K島氏が沈黙し始め、スマホで何かの動画を【*8】見始めた。
しばらくして、その話題を忘れたころ、「三人組は最後にですね〜」と話し始めたので、「えっ、もしかしていま見てたんですか! 知らないドラマの最終回を? なぜ?【*9】」とびっくりした。
それから、最近の読書のことで話したいことがまだあったんだけどな、と首をひねったけど、ここまで出てるのに思い出せなかった……。
その日、帰り道。
ふとK島氏に「そういえばお母さまはお元気ですか?【*10】」と聞いた。
十年ぐらい前に、K島氏の実家の手料理、ニラのお浸しの話を聞いたことを思い出して、「茹でたニラをお醤油と生卵の黄身で和えたお浸しのレシピを聞いて、ずーっと真似してますよ。今ではニラ玉よりこっちの登場回数のほうが多いぐらいで」と話すと、「そんな話しましたっけ? その料理のこと【*11】を覚えてないし、食卓にも出てこないですねぇ」と言うので、「えっ? じゃ、なぜ無関係なわたしの食卓にだけ上がり続けてるんですか!」「知りません」「で、ですよね……」と自分でも首をかしげた。
帰りの電車に揺られながら、だけど、文化の継承ってそういうものかもしれないなぁ、と考えた。
レシピも物語も音楽も映像も、途切れたり、また蘇ったりする。そして時に遠い未来やはるか離れた土地にも届く。誰かの生活の一部になって、人生を一緒に歩いていくのだけれど、それを放った人(作者)は、多くの場合、永遠に知らない。
そこになぜか希望を感じて、うわー、やばい、いま生きてるわ、と思いながら、帰ってきた。
帰宅して、お風呂に入り、何か読もうと、しゃがんで床の積読の山を眺め始めた。「あ!」と、さっき思い出せなかった話題のことを急に思いだした。
今年、川端康成の『雪国』【*12】を久しぶりに読み返したら、割とびっくりして、その話をしたかったのだ。
舞台は寂しい北国。東京に住む主人公の男、島村の来訪をけなげに待つ駒子【*13】。でも島村は気まぐれで、なかなかこない……駒子はずーっと待ってるのに……という裏寂しい恋の話だと思っていたのだけど、読み返したら、印象がだいぶ変わった。
駒子はときどきくる島村にいい感じのことを言って喜ばせてはくれるけど、駒子には駒子なりの北国での生活があることもなんとなくわかる。とくに、いいなづけ未満のような幼なじみの男がいて、そもそもこの男の腸結核の治療のために駒子は借金し、芸者に出たのだった。しかも、男のそばには葉子という女がいて、看病している。駒子と葉子は手助けしあって病人と共存しているのだ。
そんな二人の関係に、女どうしのただならぬ情感や悲哀を感じ、何これエモい、この二人、たまらない……と思って、さいきんいろんな人に聞くのだけど、みんな揃って「葉子【*14】って誰?」「駒子のことしか覚えてない」と言うし、そういうわたしも再読するまでは存在ごと忘れてたしで、「なぜ昔読んだ人は葉子を覚えてないのか?」と気になったのだ。
東大新聞オンラインによる、日本文学の安藤宏教授インタビューに、こんな一節があって……
こうやって、森鴎外の『舞姫』をエリス側【*15】から読み直すように、川端康成の『雪国』を駒子側から見たときも、新しい物語が立ち上がってくるんだな、と思う。
古典を捉えなおすとき、いまを生きてる自分の姿も、急にすごい解像度で見えてきて、おどろくことがある。
たとえばわたしは、セクシャリティーで繋がった島村と駒子の性愛の物語より、根源的で土着的でヘドロのように一体化した北国の人たち、駒子たち三人のアイデンティティーをめぐる物語のほうに、本能的に強烈に引っ張られているのだろう。
しかし、川端康成もそんなふうに読まれるなんて思いもしなかったかもなぁ、と思う。それに、永遠に知らないんだ。だってもういないから。
わたしの個人的興味によって急に再起動された〝シン・駒子〟は、作者とも別れて、昔の読者たちからも離れて、ぶんっと、昔の雪国から今の東京に飛んできて、新しい読者のわたしと一緒に、令和のこの下町をずんずんと歩きだしたところだ。
この世に存在する、どの小説の、どのキャラクターも、そういう永遠の命を持っているのだろうか?
それなら、かつてわたしが書いた少女たちも、未来の街で蘇り、どこまでも歩いていく日がくるかもしれない。見送る作者のほうの姿はどんどん小さく豆粒のようになっていってジュッと消える。
さようなら少女たち。どこまでも遠くへ。そんな夢を見ながらこの夜は眠った。
四月某日
マスター「揺れてないよな?」
わたし「(揺れながら)ハ、ハイ……」
朝早く。
近所の紅茶専門店。
七十代のダンディな男性マスターが四十年ぐらい切り盛りしている。わたしがこの下町に引っ越してきた八年前は、メニューも多かったけど、いまは紅茶とトーストと焼き菓子だけになっている。
朝は、近所に住む常連さんがぶらりとお茶しにくることが多く、見知った顔と、海外からの観光客らしき人がざわざわと入り混じっている。
たまたま、客がカウンターに座るわたし一人のタイミングで、地震があった。けっこう揺れてる……! 付けっ放しのラジオからも、地震です、みなさん落ち着いてください……という声がする。
マスターが「え? 揺れてないよな?」と言うので、左右に揺れながらも、謎に言いづらく、つい「ハ、ハイ……」とうなずいた。
揺れが収まったタイミングで、常連のおじいさんが一人また一人と入ってきて、大きな花瓶が飾られた真ん中の大テーブルを囲み出した。
外は天気がいいのに、なぜか「今日は暗いな!」と一人が言う。「はははは」と笑う声もする。
それから、
「2026年かぁ! 今年はぁ!」
という大声も聞こえ、いや、ぜったい違うでしょ、2024年でしょ。でも、誰も否定しない。
なにか、この……
さっきのわたしもだけど、否定しないというのが、年齢を重ねたときのコミニュケーション術なのかもしれない。でもさすがに未知の領域で、まだよくわからないなぁ、と首をひねる。
さて、仕事、仕事。
と、カウンターの隅で一人、資料を読んでいると、真ん中の大テーブルから今度は、
「ロシア料理を食べると太っちゃうよな。スパゲティとオリーブオイルの取り合わせはカロリー高いんだよ」
と聞こえ、さすがにもう我慢できず、「それはイタリア料理です……」と、でも、ぎりぎり聞こえないボリュームの独り言でこっそり訂正してみた。
いまの会話のせいでか、お腹がすいてきたので、トーストを頼んだ。カウンター内から、オーブントースターに食パンを入れて、蓋を閉める音がした。
と、杖をついて髭を伸ばし、おしゃれな帽子をかぶった老人が、「グーッド! グーッドでモォォーニングですよぉぉー!」と大声で言いつつ入ってきた。……そんな入ってき方ある? 芸人さんじゃないのに!
その人も花の飾られた華やかな大テーブルに座って、アイスティーを頼んだ。
誰かが「円安がついに153円になったなー」と言う。わたしもニュースで見た。この数字は合っている。
そこから、
「円安で石油も高くなるからな。原料に石油を使う製品はのきなみ値上げしないと無理だよ。うちは衣料だから、三年分の売り上げをここ三ヶ月で放出してしまったよ」
「円で資産を持っているのは怖くないか? 香港の銀行に香港ドルで資産を預けるべきじゃないかね」
「今年も儲かってるのは、俺の周りじゃ、輸入業と、ゴルフ場を経営してるやつだけだなぁ」
と、景気がいい階層の景気の悪さ、みたいな、耳慣れない話題がしばらく続いた。
ふと……さいきん見たダウ90000のライブ「30000」のことを思い出した。
ランチタイムが終わってからのほうが混雑する料理屋のコントがあった。三人きょうだいで経営する店で、じつは三人の地元密着型の会話が面白すぎるから、客がこっそり聞きにきている、というネタだ。その会話の面白さについて、客が立ち上がって、心の声で「いや、コミュニティFMかよ!!」とつっこむのだけど、なんだかいま大テーブルのほうから聞こえてくる会話も、地元民がパーソナリティを務める地域のラジオ番組みたいだなぁと思う。
トーストが出てきたので、仕事の手を休め、食べ始めようとする。片手で持って、カリカリした端っこ部分を口に入れようとしたとき、最初に入ってきて「今日は暗いな!」と言った人が帰ろうとして立ちあがり、
「俺サングラスしてたわ!」
と叫んだので、ゴホッとむせそうになった。
すると隣でずっと喋っていた人が、
「気づいてたよ。はははは」
というので、そ、そんな会話、現実にある? さすがになくない? と思い、ほんとにダウ90000の世界に迷いこんだような気持ちで、わたしも心の中で立ち上がって、心の声でこっそり、
「いや、コミュニティFMかよ!!」
と、つっこんだ。
この日は、家に帰り、もう一仕事してから、床に寝転がって、本を読んだ。『希望ではなく欲望』(キム・ウォニョン著、牧野美加訳)。
これは去年読んで、友達に勧めようと、持って出かけ、どんな本で何が書いてあるかと話しているうちに、勢い余って友達にあげ、そのあと、やっぱり手元においておきたいと思って買い直したのだ。
著者は1982年生まれ。骨形成不全症のために十四歳まで病院と家で過ごし、障害者向け特別支援学校の中等部、一般の高校を経て、ソウル大学に進学。現在は、作家、パフォーマー、弁護士。子供の頃からどのように生活してきたか、環境にどのような障害があるか、社会がどうあったか、今もどうかを証言している。
善意で人を助けるとは、どういうことか? それは安全な車の中から手を伸ばして傘を差しかけるんじゃなく、一緒に雨に打たれることだーー。
という内容のくだりに差し掛かったとき、床からむくっと起きあがった。昼間、喫茶店で聞いた会話のことを急に思いだしたのだ。
相手の間違いを否定せず、水になって一緒に流れていくような、謎めいたあのコミニュケーション……。
あれって、老いという雨に一緒に打たれるということだったのかな? いやー、ちがうかな……。ちょっとまだわたしにはわからないのかな。
あとがきで、著者が「怒り」と「憎しみ」を分けて、「怒り」は前進するために必要だ、と書いているところも、今回はとくに胸に響いた。わたしはこの二つをごっちゃに考えがちだけれど、「怒り」は不当なことに対するまっとうな不満、つまり「論」であり、「憎しみ」のほうは、負の「感情」に押し負けて不条理の渦に飲みこまれていくことーーというふうに、著者は整理してくれているんだと思う。
この二つはちがうのに、自分が怒ってるときはそれがわかっているのに、誰かが怒っていると、その人の主張を聞かずに眉をひそめてしまったりする。そんなときのわたしは、あなたと一緒に雨に打たれたくなんてないんだろう。車の中にいたいんだろう。ただ窓を開けて、傘だけ、あなたに投げつけて、そして窓を、ウィーン……と一刻も早く閉めたいだけなのだ。
そんな自分の、ずるい本音に耳をすませる。ときどき読み返したいな、この本……。読むたび、ちがうところで心が動く不思議な本だ。夜になり、本を閉じ、本棚にそっとまた差しこんだ。
【脚注】
*1 『名探偵の有害性』
2024年8月刊行予定の長編(東京創元社/四六判上製)。30年前の推理を糾弾されたかつての名探偵とともに、彼の助手であったわたしは検証の旅に出る……怒濤の勢いで進むミステリ・エンタテインメント!(K島)
*2 『少女を埋める』(文藝春秋)
二〇二一年、コロナ禍のなかで父の危篤を母から知らされた小説家の「わたし」は、七年ぶりに鳥取に帰省する。父を看取り、その死後の時間を母と過ごす中で、父母の関係性に思いをはせ、かつて異端者として閉塞的な土地で生き延びた日々を回想する。自伝的作品「少女を埋める」と続篇「キメラ」、書き下ろし「夏の終わり」の三編を収録する。
*3 『彼女が言わなかったすべてのこと』(河出書房新社)
三十代の小林波間は、ある日通り魔事件が起きた雑踏で、学生時代の同級生・中川くんに再会する。だが、彼は波間と異なる、いわばパラレルワールドの世界の住人だとわかる。二人はlineを介して互いの近況を報告し合うが、波間は乳がんを患い、中川くんの世界では新型コロナウィルスが蔓延しはじめ……連載時の「波間のふたり」より改題しての単行本化。
*4 『金色昔日』(ハヤカワ文庫SF)
『折りたたみ北京』に続いて『紙の動物園』のケン・リュウが編んだ、劉慈欣、郝景芳、宝樹ら中国SFを代表する著者による16篇を収録。『月の光』の改題文庫化。『折りたたみ北京』でびっくらこいていたらまだまだこんなに傑作が……!?(F)
*5 『時間の王』(新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
『三体』の公式スピンオフで話題となった著者による、時間SF縛りで編まれながら、歴史改変からタイムマシンまで様々なバリエーションで贈る全七編。(F)
*6 英語の短編集
A Summer Beyond Your Reach by Xia Jia、Wyrm Pub刊。日本でも高い評価を得た「童童の夏」「龍馬夜行」「永夏の夢」などを含む14編を収録。ケン・リュウが翻訳のほか、序文も執筆している。個人的には最初に『折りたたみ北京』で読んだ「百鬼夜行街」のイメージの奔流と瑞々しい語り口にやられました。『マーダーボット・ダイアリー』(創元SF文庫)の「弊機」でおなじみの中原尚哉さんの翻訳もすばらしい。夏笳さんが自分の作風を「ポリッジ(おかゆ)SF」と呼ぶ感性も好きです。(F)
*7 〈同居人は名探偵 ~僕らの恋は迷宮入り~〉
1925年、上海租界を舞台に、失業した推理の天才とヤクザ絡みの巡査部長がコンビを組んで事件を解決していく。全36話。
*8 スマホで何かの動画を
2024年6月現在、huluに加入している人は全話見られるよ!(K島)
*9 知らないドラマの最終回を? なぜ?
いや、アンハッピーエンドだと桜庭さん悲しむかな、と思ってラストを確認しておこうと(桜庭さんはこのときまだ最終回だけ見ていなかったのです)……。(K島)
*10 お母さまはお元気ですか?
おかげさまで元気にしております。今年に入って韓国ドラマの〈赤い袖先〉にどハマりし、息子は驚きました。(K島)
*11 その料理のこと
あとで思い出しましたが母は「知らない」と断言しておりますので、今度つくりかたを教えてください……。(K島)
*12 『雪国』
川端康成の長編小説。ノーベル文学賞対象作品。
恥ずかしながらFはヤーサンアリ・クーワバッタの「スノウ・カントリー」しか読んでいません……(清水義範『江勢物語』参照)。(F)
*13 駒子
駒子というのもお座敷での名前で、本名はわからないようです。経歴も、書いてあるのにいまひとつよくわからない感があって、そんなことは重要ではない、重要なのは島村の前でいま鮮烈に存在している彼女だ、ということなのだと思って読みました。(K島)
*14 葉子
『雪国』の重要登場人物のひとりなんですが、声と目が印象的であとは透明、みたいな描かれ方ですからね……そもそも冒頭ではほとんど実体がないような登場をしています。あと弟が大好きらしい?(K島)
*15 エリス側
鴎外の原典より山田風太郎のミステリ「築地西洋軒」(ちくま文庫『明治波濤歌』下巻収録)を先に読んでしまったので、いまでも僕のエリス像は「築地西洋軒」のエリスだったりします。「舞姫」はふしぎと取り上げられる機会が多く、最近では宮田眞砂『ビブリオフィリアの乙女たち』(星海社)の第一章でも扱われていました。(K島)
恥ずかしながらFは『「舞姫」の主人公をバンカラとアフリカ人がボコボコにする最高の小説の世界が明治に存在したので20万字くらいかけて紹介する本』(山下泰平/柏書房)しか読んでいません……。(F)
■桜庭一樹(さくらば・かずき)
1999年「夜空に、満天の星」(『AD2015隔離都市 ロンリネス・ガーディアン』と改題して刊行)で第1回ファミ通えんため大賞に佳作入選。2003年開始の〈GOSICK〉シリーズで多くの読者を獲得し、さらに04年に発表した『推定少女』『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』が高く評価される。05年に刊行した『少女には向かない職業』は、初の一般向け作品として注目を集めた。“初期の代表作”とされる『赤朽葉家の伝説』で、07年、第60回日本推理作家協会賞を、08年、『私の男』で第138回直木賞を受賞。著作は他に『製鉄天使』、『伏』、『小説 火の鳥 大地編』、『少女を埋める』、『紅だ!』、『彼女が言わなかったすべてのこと』など。エッセイ集に《桜庭一樹読書日記》シリーズなどがある。
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