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短編小説x写真【ブラックホールにも春が来る】渋谷のものがたり 6/1

ヤクザ_蝶DSCF1136小

 目の前を飛んでいったのはカラスアゲハだろうか。
渋谷の雑踏の片隅で、カナミは思わず立ち止まった。

あれは確か桜の咲く春の夕暮れ、町内放送でクラシックの曲が優雅に響き渡る小学校の帰り道だった。
上京して二年、あの蝶を渋谷で見たのは初めてだ。

平凡な田舎で育った私だけど、素性は平凡じゃない。
戸籍上は庶子、いわゆる妾(めかけ)の子だ。

父親は首都圏の暴力団幹部で、母はその愛人だった。
母はアルコールとギャンブル依存症で、よく幼い私に手を上げていた。
助けてくれる大人は誰も居なくて、そして母は、酒の飲みすぎで病死した。

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奥で睨む佳奈実DSCF0988_小

「オラッ!早く出すもん出さんかい!」

野太い声で現実に引き戻される。
土下座をしているのは、パチンコで借金が膨れ上がった顧客。私はその取り立て屋。

長年母からの暴力に耐えたせいか、男にも負けないほど喧嘩は強い。
その腕っぷしと度胸を買った父から、「どうせやることねえんだろう。組系列の闇金で働かせてやる」とお達しがあった。

事務所がある渋谷に住んでみて、その目まぐるしさに驚いた。
人が多い。情報量が多い。外に出れば、看板の文字が常に視界に入り込んでくる。
そして仕事で扱うのは汚い金と汚い命ばかり……うんざりだった。

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仕事に慣れるほど胸に黒いモヤがたまっていく。
視界を狭めたくて、無意識に目を細めていたら、すっかり人相が悪くなった。

裏社会に身を置くことに抵抗が無かったわけじゃない。 
女が一人で生きていく大変さは、この仕事をしていればよくわかる。 
下手したら自分だって顧客側に堕ちかねない。 
実際に堕ちた女の行く末は惨めなものだった。 

だから、私は受け入れるしかなかった。 

でも本当は…… 
父に反論する気力が無いだけ。今こうしているのはただの惰性だ。 

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何の意志も無い自分の人生は、きっと、風に舞う桜より軽くて、そして無価値―。


続く



新田まゆ https://note.com/nittamayu331


文章を考えてくれた新田さんが、制作裏話をこちらで紹介してくれています。本編の方で使わなかった写真などもこちらに掲載しているので、是非こちらもよろしくお願いします!
東京ガールズストーリーさんが公開中の短編小説×写真のショートストーリー「ブラックホールにも春が来る」のシナリオを書いたのでその裏話を語る。
https://note.com/nittamayu331/n/ne43940d71c9e

photography  江部公美
https://vimeo.com/user20809234   
hair & makeup   Hinata Sakurai.  
https://www.instagram.com/h__ppppp/

featuring     山田佳奈実
https://www.instagram.com/yamada_kanami

instagram     https://www.instagram.com/tokyo_girls_story


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