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ブラオケ的ジャズ名曲名盤紹介 ~これを聴け~ #11 グラミー賞を受賞した曲たち~2023 Grammy Nominations~

0.はじめに

 「アンテナを張る」。自分の好きなジャンルにおいては造作もないことのようだが、実は自分が好きなものほど好きなものが固定されてしまい、それで満足している分、そのジャンルの新しいものを取り入れようとする動きが鈍くなってしまうということは割と起こりうる話である。アーティストがそれまで発表してきた曲と全く違うテイストの曲を出してくると「え!?こんなの○○っぽくない!前の曲/アルバムの方が良かった!」などといったコメントが一定数現れるのも、人間が本能的に変化を好まず、安定感を求めるが故の反応なのかもしれない。
 何故こんな書き出しで始めたかというと、ちょうど2月に「アンテナを張りなおす」きっかけになるようなイベントがあったからである。そう、グラミー賞だ。

 グラミー賞は1959年から、ザ・レコーディング・アカデミーが主催する音楽賞である。毎年、米国内でリリースされた楽曲とアーティストを対象に、ザ・レコーディング・アカデミーの会員の投票によって選考され、第1回目でノミネート作品が選出、第2回目で決定されている。音楽業界で最も栄誉ある賞だとみなされ、受賞結果はセールスに多大な影響を与えるのも事実である。
 日本でも注目される賞であるが、取り上げられるのは
Album of the Year(最優秀アルバム賞)
Record of the Year(最優秀レコード賞)
Song of the Year(最優秀楽曲賞)
Best New Artist(最優秀新人賞)のいわゆる「主要4部門」や
「ポップ・グループ賞」などが多い。
しかし、受賞一覧のページをよく読んでみると、実はかなり多くのジャンルがあることがわかる。
 もしかすると、クラシック愛好家の方ならクラシックに関連する部門についてご存知の方もいらっしゃるかもしれないが、実はジャズに関する部門も複数存在する。
 今回の「これを聴け」では、今年度のグラミー賞で取り上げた曲たちを振り返りながら、今現在どのような曲が評価されているのか、改めてジャズに関して「アンテナを張る」回にしよう。

1. 最優秀ジャズ・インストゥルメンタル・アルバム賞

新しいジャズ録音の再生時間が 50% を超えるアルバムを対象とする。

"New Standards Vol. 1"
Terri Lyne Carrington, Kris Davis, Linda May Han Oh, Nicholas Payton & Matthew Stevens

バークリー音楽大学の教授を務めるドラマー、テリ・リン・キャリントンがリーダーとなって作成されたアルバム。
特筆すべき点は、このアルバムに収録されている曲は全て「女性が作曲した」曲である。ジャズにおけるジェンダー格差を解消しようと声を挙げている彼女は、女性を中心としたアルバムを作成し、その演奏で数多くの聴衆を魅了した。
彼女のコメントの中で、世界中のジャズセッションで使用されている、ジャズのスタンダードナンバーの楽譜が収録されている「The real book」には、女性が作曲した曲が1曲しか収録されていなかったという。
こういう無意識的な差別に目を向けるためにも、彼女は女性が作曲した曲を取り上げ、スタンダードになるように働きかけている。
バリエーションに富んだ曲が並んでいるが、どの曲も非常に良い演奏を行っている。個人的にはギター・ベース・ドラムスのアンサンブル力の高さが非常に印象的だった。

2. 最優秀ジャズ・ヴォーカル・アルバム賞

"Linger Awhile"
Samara Joy

ニューヨーク出身の女性ジャズ・ヴォーカリスト、サマラ・ジョイ(Samara Joy)が名門ヴァ―ヴからリリースするメジャー・デビュー・アルバム。
近年には珍しいオーセンティックなジャズ・ヴォーカルでありながらTikTokでも100万以上のいいね!を記録するなどSNS世代にも幅広く支持されているのだそう。ジャズもまだまだ捨てたものではなさそうだ。
アルバムを通じて、彼女の歌声の繊細さと巧みなコントロールスキルに圧倒される。特に"'Round Midnight"や"Someone to Watch Over Me"など、スタンダードなナンバーだと分かりやすいかもしれない。決してテクニカルに走るわけでもなく、聴いていてある種のノスタルジックさも感じ取れるのだが、歌声もグルーヴ感もぶれずに、ちょうどいいところを常に押さえているような感覚があるのは彼女の実力の高さを物語っている。
暗がりの部屋で大きなスピーカーで聴きたくなる一枚。至高のヴォーカル作品である。

3.最優秀大規模ジャズ・アンサンブル・アルバム賞

"Generation Gap Jazz Orchestra"
Steven Feifke, Bijon Watson, Generation Gap Jazz Orchestra



#1でも紹介したビッグバンドに代表される大人数の編成「ラージアンサンブル」で賞を勝ち取ったのはGeneration Gap Jazz Orchestra。
このバンドはピアニスト、スティーブン・フェイフケとトランペッタ-、ビジョン・ワトソンがリーダーで、結成して20年以上活動を続けているビックバンドだそう。

1曲目から聴いてもビッグバンドのアンサンブル力の高さがガツンと伝わってくる。ニュアンスの揃い方、ハーモニー感のバランス、ダイナミクス、どこをとってもとてもクオリティが高い。
ソロもバンドに負けじと非常に上手い。ソロ裏のバッキングまでピッタリだからすごい。
2曲目はベースとヴォーカル始まり、バンドも加わりで非常にシャレオツ。
スタンダードのアレンジで見せつけられたのは8曲目の”Nica’s Dream”。こんなオシャレにカッコよくアレンジされたら聴いてて思わずニヤリとしてしまう。

スキルも満点、ソロも満点、全編通して曲のアレンジもかっこいい。
まさにお手本にしたくなるアルバムである。

ちなみに、#8のロニー・キューバー特集で挙げていたSteve GaddとWDRビッグバンドとの共演作『Center Stage』もこの部門でノミネートされている。彼のファンとしては非常に嬉しいニュースだった。

4. 最優秀ラテン・ジャズ・アルバム賞

"Fandango At The Wall In New York"
Arturo O'Farrill & The Afro Latin Jazz Orchestra Featuring The Conga Patria Son Jarocho Collective

近年はラテン・ジャズに向けた賞がある。「ジャズ×アルゼンチン音楽/ブラジル音楽/イベリア音楽/ラテン単語音楽」の融合の評価が目的で設立された。
今年度の大賞はラテン・ジャズ界の巨匠の一人、アルトゥーロ・オファリルのアルバム。彼は過去にも複数回ノミネート、受賞経験がある。
筆者もラテン・ジャズはそこまで明るいわけではないが、ラテン・ジャズのあらゆる側面を教えてくれるアルバム。プロならではのグルーヴ。

5.最優秀ジャズ・インストゥルメンタル・ソロ賞

"Endangered Species"
Wayne Shorter & Leo Genovese, soloists


グラミー賞ではソロに対しても賞が与えられる。
今年度はピアニストのレオ・ジェノベーゼをフィーチャーしたサックス奏者ウェイン・ショーターの曲に送られた。
2022年に発売された『Live At the Detroit Jazz Festival』というライブ盤から、「Endangered Species」。Drumsでは先ほど紹介した1.で紹介したテリ・リン・キャリントンが参加している。

イントロはベースのリズムの上を音数が少ないピアノとソプラノサックスのカンバセーションから始まる。ピアノの音のはめ込み方が心地よい。
その後もお互いのインプロビゼーションを繰り広げるように進んでいく。人間が歌うかのようなウェイン・ショーターの音色感が素晴らしい。
中盤のピアノソロは星が煌めくような音の並びに魅了される。それに応える形でソプラノサックスが様々な音域で音を並べるのも素敵である。後半戦はピアノのボルテージが急激に上がる怒涛のソロゾーン。聴いていても緊張感が一気に高まる。
ベースラインとピアノでグルーヴ感が醸成されるとソプラノサックスの出番。スケールから始まる高音域のフレーズが緊張感をより高めてくれる。
終盤はピアノもドラムスも煽る煽る。ライブで見ていたら本当に楽しい瞬間だろう。
エンディングはだんだん落ち着きを取り戻す形でテーマに戻り進んでいく。彼らのインプロビゼーションの旅に連れて行ってもらったような感覚である。

2023/3/2にウェイン・ショーターは惜しまれつつもこの世を去ってしまった。ジャズ愛好家はもちろん、サックスを演奏する人なら必ずと言っていいほど彼の演奏を聴き、その圧倒的なスキルと音色に魅了されただろう。私もその一人だ。残された我々はやはり彼が遺した音楽を聴き続けるしかない。改めて、ジャズ界の巨匠にご冥福をお祈りいたします。

6.おわりに

今回は2022年度のグラミー賞を受賞したジャズと関連する音楽について紹介した。
上記ではジャズに関連した賞をあげたが、番外編としていくつか紹介しておく。

最優秀アメリカン・ルーツ・ミュージック・パフォーマンス賞を受賞した「Stomping Ground」では、#3で取り上げたDirty Dozen Brass Bandが参加している。

最優秀ポップ・インストゥルメンタル・アルバム賞を受賞したSnarky Puppyの「Empire Central」では、日本人アーティストの小川慶太さんが参加している。

最優秀インストゥルメンタル作曲賞にノミネートされた「African Tales」の作曲家は、ジャズサックス・クラリネット奏者のパキート・デリヴェラ氏である。


今回の曲の中に、貴方の琴線に触れる素敵な出会いはあっただろうか?
私もジャズの最新情報を入手するのに、グラミー賞のようなリアルタイムで評価をする賞のノミネートリストを見てみることをよくやる。
そうすることで、同じジャズでも全く新しい経験をすることができる。

さあ、改めて、自分の好きなものの「アンテナを張りなおそう」。
まだまだ、知らない音楽はいっぱいだ!

(文:もっちー)

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