“知る選択肢”としてのメディア|柔らかなモデルをつくる(1)
アーツカウンシル東京による「東京アートポイント計画」では、アートプロジェクトの担い手や文化事業に携わる人々に向けて様々なプロジェクトやイベントに取り組んでいます。
わたしたちスタッフも、近年では手話やろう文化、視覚身体言語などを中心に「アクセシビリティ」や「情報保障」について考え、実践してきました。
これまでの取り組みをを振り返ったとき、その共通項として見えてきたのは、唯一無二のフォーマットを追求するのではなく、可変的に試行錯誤を続ける姿勢です。
本シリーズ「柔らかなモデルをつくる」では、わたしたちが取り組んできた文化事業の企画・制作プロセスを紹介し、noteでの連載を通じて“柔らかなモデル”について考えていきます。ぜひ、それぞれの現場で参照いただけると嬉しいです。
はじめに紹介する事業は、2023年度に取り組んだ「まず、話してみる。― コミュニケーションを更新する3つの実践」です。
まず、話してみる。― コミュニケーションを更新する3つの実践
東京アートポイント計画のインキュベーション事業「Tokyo Art Research Lab(TARL)」では、アートプロジェクトの担い手に向けた資料制作や、講座、研究開発などを実施しています。
その一つ「まず、話してみる。― コミュニケーションを更新する3つの実践」では、アーツカウンシル東京が実施したアクセシビリティや情報保障に関わる3つの企画を事例に、その実践者をゲストに迎え座談会を実施しました。そして、その座談会の内容を「冊子」と「映像」として公開しています。
座談会の場づくり
座談会にはそれぞれ、2名のゲスト、1名の司会(モデレーター)、3名の手話通訳が出演しています。座談会当日までの大まかな流れは以下の通りです。
事前に制作チーム、登壇メンバーが顔を合わせ、コンセプトやスケジュールを確認しながら座談会のトピックを話し合う
それらの議事録から進行台本、絵コンテを作成する
座談会の一週間前までに制作チーム、登壇者、手話通訳と資料を共有
座談会当日にも全員で映像構成を確認、手話通訳に用いる表現を確認
座談会の登壇者は、ろう者、CODA(ろう者の親をもつ聴者)、聴者の割合がそれぞれ異なります。視覚言語である手話を口語に訳す通訳(読み取り)、そして口語を手話に訳す通訳(表出)の方々を登壇者や関係者にヒアリングしながら依頼しました。
今回、手話通訳は読み取り・表出ともに現場で同時収録を行い、コミュニケーションのライブ感を大切にしています。会場では相手の動きが見やすいように、登壇者の配置、手話通訳との距離感を確認し、映像にしたときの身体の向きや目の動きにも気を配ります。
フォントやレイアウト、トンマナを確認しながらデザインを固める作業は「誰にこの企画を届けたいのか」「どんな人がいつ見るのか」など、企画のコンセプトやターゲットを振り返る機会にもなります。打ち合わせのたびに少しずつ、わたしたち自身も言葉や視点を手に入れていきました。
それぞれの編集作業
映像には初出情報を補足するキャプションや、事業の記録写真を挿入しています。実際にプロジェクトで制作した映像コンテンツがあれば、その一部を切り取り活用することで、視聴者が事例の背景をイメージできるようにしました。
音声もできる限り聞きやすいように調整しながら、字幕についてもフォントや表示速度などを細かく検討しています。口語をそのまま文字起こしして表示すると読みにくい部分も多い。そのため、前後の文脈を踏まえてニュアンスがぶれないように、主語や述語を補うこともあります。
冊子にも、映像と同じように記録写真やキャプションで情報を補ったほか、座談会の雰囲気や手話の動きを少しでも伝えようと、連続写真を入れるなど工夫しました。
さらには座談会では細かく触れなかった、各事業の体制図や、企画の変遷を掲載し、視覚的にもイメージを掴みやすい構成を考えています。座談会のテキストでは重複するトピックは統合したり、特徴的な発言を抜き出してレイアウトすることで、紙面にメリハリをつけていきました。
映像と冊子の同時制作には、資料の内容にアクセスしたいと思ったときに、より自分に合った方法で「知る」環境を選べることも意図しています。情報保障の観点はもちろんですが、これは文化事業のアウトプットの仕組みを多元的に捉える(何を、誰に、どのように届けるのかを細やかに考える)ためのメディアの実験でもありました。
重要なことは、映像を補うためだけの冊子でも、あるいは冊子を補うためだけの映像でもない、それぞれのメディアに適した情報量や見え方を研究したことです。冊子と映像は、それぞれ個別にも成立し、2つを照らし合わせることによって理解を深めることもできます。
「言葉」を見つける工程
冊子のために書き下ろした「はじめに」と「おわりに」のテキストも映像化に取り組みましたが、そのプロセスにも発見がありました。
通訳の方と原稿を読み合わせていると、主語や述語がはっきりしていなかったり、似たような言葉を繰り返していたりと、想像よりも手話表現を考えるために確認すべきことが多い。さらには無意識のうちに専門用語を多用したり、前提となる情報が足りていなかったりと、元の文章をもう一度推敲することになりました。
核になる「言葉」を探して、紡ぎ直し、本来の文脈や意図を損ねないように翻訳し、何度も書き直しながら収録用の台本を制作する。それは文章を変えてしまう、あるいは磨き上げるというよりは、手話表現を確認しながらイメージを膨らませるような工程です。
通訳の準備として、紙面だけではなく「話者」の実際の声、話し方を事前に聞いておけると安心するという声もありました。考えてみると、それは通訳に限った話しではありません。
出会って、話して、イメージを受け取り合いながら「企画の芯を共有」し、メンバーそれぞれの「居られる場」をつくる。つまり、企画に関わる人々が、時間や場所をともにしてコミュニケーションを交わすことには、お互いの歩幅や呼吸を近づける意味合いがある。それは既に知っていたことのようで、意識して体系化しきれていないプロセスだったようにも思います。
今回の取り組みは、あらためてメディアの特性や、企画の制作プロセスを「つくり手」と「受け手」それぞれの視点で捉える機会になりました。
成果物を公開中
冊子は以下のウェブサイトでPDFを公開しているほか、郵送対応も行っています。映像はTARLのYouTubeチャンネルで公開中です。
それぞれに現場にある気づきや悩み、展望が語られていますので、よりご自身が見やすい、聞きやすいメディアを選んで実践者の言葉を辿っていただければと思います。
テキスト:櫻井駿介(アーツカウンシル東京 プログラムオフィサー)