新聞奨学生時代の思い出(6)
私が所属していた新聞販売店には、様々な事情を抱えた人が多く集まっていた。
刑務所から出所したばかりの男、怪しいモノの運び屋をやっていた男、田舎で何かトラブルを起こして逃げてきた男、ギャンブル依存症で借金取りから逃げてきた男、多重債務の取り立てから逃れるため、エアガンとCB400を友人と物々交換し、バイクで1000km以上離れた田舎から逃げてきた偽名男、某宗教を脱会し、追っ手から逃げてきた男、古い寺が集まる某観光地で新聞配達をしていたが過度の霊障から逃れるため異動してきた男など、社会であぶれてしまったような野郎が集まる巣窟のようになっていた。
それでも、みな様々な事情を抱えている者同士であったせいか、平時は和気藹々としていて、アウトロー同士の妙な連帯感というか、安心感があった。
とは言っても、男ばかりの職場であったから、お互いストレスが溜まってくれば、突如として殴り合いを始めることもあり、特に朝刊時(深夜2時前後)に喧嘩が始まることが多かった。
朝刊時、深夜2時までに出勤してこない者がいると、誰かしら起こしに行かねばならないという、暗黙のルールがあった。単調な毎日に嫌気がさしたのか、テーブルの上に「追わないで下さい」というメモを残したまま、失踪する者がたまにいた。ちなみに、失踪した奴のことは隠語で、「飛んだ」とか「トンコウした」などと表現していた。
ちゃんと出勤してきていても安心はできなくて、朝刊配達の準備をしている最中、突然黒塗りの車が販売店の前に急停車し、無言で連れ去られる配達員がいたり、出勤ギリギリまで駅前のキャバクラで飲んだくれていて、そのまま酔いが醒めぬまま配達し、エレベーター内で寝てしまう配達員がいたり、夕刊時には、カブに新聞を積んだまま居酒屋に入って出て来なくなる配達員がいたりした。
朝刊配達時、特に深夜2~4時頃は、基本的に誰も出歩いておらず、たまに他の新聞屋のカブにすれ違うくらいだった。区域によっては背筋がゾッとしっぱなしな、いわゆる心霊スポットが数多(あまた)点在する区域もあって、毎日恐怖に怯えながら配達している者もいた。
私は新聞配達員になるまで、心霊系の話には懐疑的なスタンスだったけれど、生麦事件ならぬ「生首事件」に出くわしてからは、稲川淳二の話もあながち作り話ではないな、と思うようになった。
我々が所属していた新聞販売店は、某県沿岸の某市全体を配達区域としており、全部で14区域に分割されていた。その中でも、第2区は旧市街地に位置し、T西線某駅の西側を配達範囲としていたが、深夜2時頃、とあるマンションで新聞を配達していたところ、突如として女の生首が出現した、と訴える配達員が現れた。
その話を聞いて、最初はみな半信半疑であったが、配達員の怖がり方が尋常ではなかったので、霊感が全くないという古株の配達員が、代わりに第2区を担当することになった。
その後、数か月は何事もなく、みな「生首事件」を忘れかけていた頃、高校を出たばかりの青年が新聞奨学生として入社し、いわくつきの第2区を担当することになった。
もちろん、新聞販売店にとっては希少な若手配達員であったから、第2区で「生首事件」があったことは、新入り青年には内緒にしておくことになった。
新入り青年が独りで配達ができるようになるまで、2週間くらいは古株の配達員が一緒に配達して回ることになった。この間、特に異常は見られず、物覚えの良い新入り配達員は、予定よりも数日早く、単独配達デビューとなった。
結局、デビュー初日、新入り配達員は7時を過ぎた頃やっと、第2区の朝刊配達を終えて戻ってきた。しかし、販売所に戻って来るや否や、「生首が出ました!」と叫んだ。
配達を終え、販売所内で各自マッタリと過ごしていた配達員たちはみなギョッとして、新入り青年を囲むようにして集まってきた。
新入り青年曰く、いつも通り、某マンションの前にカブを停め、集合ポストに新聞を放り込んだところまでは問題がなかった。しかしながら、マンション内部で後ろに気配を感じて振り向くと、オートロックの玄関あたりに、若い女の生首が浮いていた。
驚いた新入り青年は、すぐさまマンションを飛び出し、カブにまたがって走り去ろうとしたわけだが、再び気配を感じてサイドミラーを見やると、同じ顔の生首が後方に浮かんでおり、こちらを見てニヤリと微笑んでいたのだった。
みな、新入り青年の話を聞き終わると、黙り込んでしまった。
何故なら、この新入り青年には「生首事件」についての情報は一切与えていなかったし、何より、新入り青年が女の生首に遭遇した状況が、以前、我々が第2区の前担当者から聞いていた状況とほぼ同じだったからだ。
結局、新入り青年は、第2の「生首事件」に遭遇した直後、すぐに辞めてしまった。
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