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林業も銭湯も、100年続く仕事にしたい。そんな両者の想いから生まれた「小杉湯」”東京チェンソーズの湯”

2023年8月21日〜23日の3日間、東京・高円寺にある老舗銭湯「小杉湯」で変わり風呂”東京チェンソーズの湯”が楽しめます。

JR中央線高円寺駅北口、純情商店街の先にある1933年創業の小杉湯は、名物のミルク風呂をはじめ、日替わり、週替わりの“ちょっと変わった”お風呂や水風呂が楽しめるうえ、待合室ギャラリーなど個性豊かな催しも開催。
週末には1日1,000人ものお客さんで賑わう人気の銭湯です。

ちなみに、創業当初の面影を残す建物は国登録有形文化財に指定されていて、建築の面からも注目されています。

一方、私たち東京チェンソーズは東京・檜原村を拠点とする、2006年創業の林業会社。森林の手入れや伐採・搬出から木材の加工・販売を行なっています。

銭湯と林業ーーー。一見交わることがないように思われるこの両者ですが、どのような想いがあって今回のコラボ企画「東京チェンソーズの湯」に結びついたのでしょうか。


檜原村の森林は樹齢70年の人工林が大半。その市場価格は1本1万円


東京チェンソーズと小杉湯の両者の結びつきは、小杉湯3代目代表の平松佑介さんが檜原村の東京チェンソーズ・社有林を訪れたことに始まります。

「小杉湯を50年後も100年後も続けられる存在にしようとの思いでいろいろ取り組んでいます」と常日頃お話しする平松さん。

その取り組みの一環で檜原村を訪れた平松さんと、林業や森林について、もちろん銭湯についても話しました。

檜原村の森林。濃い緑色の部分が人工林で、現在60年〜70年生を迎えている

東京チェンソーズが拠点とする檜原村は面積の93%が森林で、その6割が「人工林」です。
人工林とは、木材生産を主な目的として人が苗木を植え、育てた森林のことです。
現在、一般的に林業というと、スギ・ヒノキなどの針葉樹の人工林を対象にしていることがほとんどです。

檜原村で人工林が面積の多くを占めるようになったのは戦後になってから。

戦後の復興等のため木材需要が高まり、政府は戦中の伐採跡地などに建築用材に適した針葉樹の植林を始めます。
その後、この政策は伐採跡地への植林のみならず、里山の雑木林や奥山の広葉樹林を伐採し、跡地を針葉樹に植え替える「拡大造林」へと進展しました。

檜原村はそれまでコナラ、クヌギ、カシなどの広葉樹を原料とした木炭を生産し、生業としていましたが、拡大造林によってそのほとんどが針葉樹に植え替えられました。

戦後、一斉に植え替えられた人工林は現在十分大きく育ち、使いどきを迎えています。

しかし、植林した当初に想定した未来ーー林業に携わる人が大勢いて、あちこちの山から木材が出て、建築需要を支えるーーは生活様式の変遷などから少し違ったものとなり、木材価格は低迷。林業従事者もピーク時に比べ激減しました。

”木材価格が低迷”とは、一体いくらなのか。

社有林で一般企業の方や学生を案内した際、たまに木の値段を当てるクイズを出すことがあります。

この森の木、1本いくらでしょう(樹齢70年、根元付近の直径30cm前後、高さ20m〜25m)?

そこで出る答えは1本10万円、5万円、50万円…たまに100万円という声もあり…。稀に正解に近い額が出る場合もあるのですが、たいてい皆さん、高値で答えてくれます。

答えはおよそ1万円。
樹齢70年、根元付近の直径30cm前後のスギでこれくらいなのです。

70年生きた木がまさか1万円とはあまり思われないようです。

木は通常、丸太(長さ4mあるいは3m)で原木市場に出荷されます。
直径30cm前後の木からは出荷できる丸太は2〜3本。その丸太価格が1本3,500円程度なので、木全体としては1本1万円くらいということになります。※ その木の形状(途中で曲がってるか真っ直ぐか、など)によって取れる丸太の本数や1本あたりの価格も変わるので、必ずしもということではないです。目安としてご理解いただければと思います。


林業を続けるためには補助金にのみ頼らず、新しいチャレンジをすることが必要。そこで小杉湯との連携が始まる


林業では初めの植え付け以降、最後の搬出までの各種作業に国や自治体からの補助金が出ています。

日本は国土の66%を森林が占めており、その約40%が人工林です。人工林は間伐などの整備が必要な森林なのですが、丸太価格が安いなどの理由でそれを怠ると、かなりの面積の荒廃地ができてしまうことになります。補助金はそれを防ぐためでもあるのです。

弊社では、補助金があること自体を問題とはしませんが、林業をこの先も続けると決めたとき、補助金に付いてくる枠に縛られることなく、もっと自由に林業を捉え、新しいチャレンジをすることが必要だと考えています。

その一例として、丸太にならない部分も含めて木を1本まるごと使う「1本まるごと販売」、森林空間自体を人が集まる場として活用する取り組みなども行なっています。

東京チェンソーズ社有林にて。平松さん(左)と弊社・吉田(右)

銭湯と林業は似たところがあると平松さんは話します。

「銭湯は家にお風呂がなかった時代の、戦前戦後のビジネスモデルなので、当たり前のように家にお風呂がある今は、もう当時のままのビジネスモデルでは難しいことも事実」。

そこで銭湯には公衆衛生や健康維持、地域のコミュニティとしての存在などの観点から、国や自治体から補助金が出ているのだと言います。

補助金は銭湯の経営を助けるものとなるのですが、平松さんはそれだけに頼りたくないとも。

「助成金だけに頼ると、行政にだけ向き合うことになる。お風呂屋さんとしては、地域とお客さまに向き合うことを大切にしたいです。
だからこれからは業界を超えて繋がっていきながら、補助金だけに頼らなくていいビジネスモデルを作っていく必要がある」と話します。

「吉田さんのお話には、林業を続けるという言葉が出てきます。それは100年という長い時間軸で語られていて、銭湯を続けるという僕の想いと同じだと感じました」。

この先も今の仕事を継続していくためには、補助金のみに頼ることなく、新しいチャレンジをする必要があるーーー例えば、業界を超えての連携など…
この両者の共通した想いが「東京チェンソーズの湯」へと繋がりました。

地下水で銭湯と森は繋がる


ちなみに小杉湯が森林との繋がりを意識した理由はもう一つ。

創業した1933年は上下水道がまだ整っていなかったので、小杉湯では深さ90mの井戸を掘り、お風呂はそこから汲み上げる地下水を今でも利用しています。

豊富な地下水は森林がないと続かないことも知った平松さん。

「土・日だけでも800人くらいのお客様に気持ちよくお風呂に入ってもらえているのは、大地の恵みである、多様性のある森が続いてこそなんだと気づきました」。

「東京チェンソーズの湯」で、林業や森に触れるきっかけを作る


お湯に浮かべるネットに封入した大鋸屑

「東京チェンソーズのお風呂」は、工房の木工作業で出た大鋸屑を袋に入れ、お湯に浮かべるというもの。工房ではひと月に1〜2トンの大鋸屑が発生し、近隣の乗馬クラブへ厩舎の寝藁用に提供していますが、お風呂での利用は大鋸屑の新たな有効活用にもなっています。

これは銭湯を利用するお客さんにも評判がいいようで、「大鋸屑を入れると木の香りがとてもよく気持ちいいですね。お風呂は気持ちいいのが一番。お客さまもとても喜んでくれています」(平松さん)

東京チェンソーズの取り組みについて浴室壁面に展示(2022年)

また、これまでの弊社の取り組みを紹介する雑誌記事などをラミネート加工して、浴室内に展示もしています。

玄関前ではコースターなど弊社工房で製作した商品の販売、また、丸太切りなどの体験会を行なったこともあり、「東京チェンソーズの湯」全体を通して林業や森について触れるきっかけとしています。

玄関前ではキャンドルホルダーや一輪挿し、コースターなどを販売(2022年)
隣接する敷地内で丸太切りの体験会も開催(2022年)

林業と銭湯、共に100年続ける


平松さんが話していました。
東京チェンソーズとの出会いは、小杉湯をこの後100年続けるためのアイデアのひとつの起点になったと。

それは弊社も同じことです。

今回、銭湯という異業種と出会い、普通なら接点がなかったであろう人たちに林業に触れるきっかけを作ることができました。
林業を知ることで、森林に対する見方が変わってくる人も多いと思います。

それはこの先、長く林業を続けていくための大きな力になってくれるはずです。

東京チェンソーズでは、林業に縛られず、同時に徹底的に林業にこだわるために、柔軟な発想でいろいろなチャレンジに取り組んでいます。
「林業をもっと自由に!柔軟な発想で、新たな林業を作る」

小杉湯さんのようなまったくの異業種であっても、なにかしらの点で林業とつながっているのではと思います。これからもさまざまな業種の方と、それぞれのかたちで新たな取り組みにチャレンジしたいと思っています。