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Nの思い出のために  「天よ、この涙の谷から救い出せ」

 

天よ、この涙の谷から救い出せ。

ショーペンハウアーならこういったかもしれない。
でもこの言葉は、萩原朔太郎が彼の言葉といっているけど、
どこからの引用かわからない。
名を借りた朔太郎の思いかもしれなかった。

仏教の影響を受けたらしいショーペンハウアーは、
必ずしもそうではないけれど厭世主義(ペシミズム)の代表といわれた。
その彼をバトンタッチする形であらわれたのが、ご存じのニーチェだった。


 ニーチェ (F.W.Nietzsche 1844ー1900)

 ドイツの人、哲学者。古代ギリシア・ローマの古典文献学から出発した彼は、いままでのヨーロッパ的価値観を根底からひっくり返すことを試みた。イエス以来とも、ソクラテス以来の男ともいわれている。


若いころニーチェは、
古本屋で偶然見つけたショーペンハウアーの本にくぎづけになり、
睡眠時間をけずってまでも本を読み続けたという。
やがてショーペンハウアーのペシミズム的な生の否定から、
生の肯定を高らかにうたい上げていったニーチェは、「権力への意志」をあみだした。

ふたりの思想は欧米ばかりでなく、
明治時代以降、日本の文化芸術に絶大な影響を与えた。
彼らを知らない哲学者や文化人は、モグリとも呼ばれるほどだった。
大正、昭和初期の萩原朔太郎の「月に吠える」とか
志賀直哉の「暗夜行路」のモチーフとなり、
他に数え知れないほどだった。

やがていつしか大衆娯楽にまで広がり見せて、
山谷のどや街でいつか涙橋を渡ると誓った「あしたのジョー」、
虎だ、虎になるんだと叫んだ「タイガーマスク」。
日本人のシンパシーにも強く、訴えられた。
今もまた日本人の心に、訴える力はあるんだろうか。

優れて偉大なものは、いっぽうで毒も持っていた。
権力意志をヒットラーに利用されたことで、
ニーチェの苦手な数学的論法を重視したバートランド・ラッセルがいたほどだった。

スタンダールは50年後に甦り、
100年後にも甦った。
果たして現代に、ニーチェは甦られるだろうか。
それはどんな時だろうか。

彼には、もうひとつ「永遠回帰」という奇妙な考え方も持っていて、
ボクは大学を出て少しばかり過ぎたころ、
彼の思い出に、次の詩のようなものを書いたことがあった。


           ○

 男が浮気した
 女は逆上してどうしてやろうかと考えた
 食事のとき
 すまして食べている男を見ながら
 男の顔いっぱいに食べ物を投げつけて
 驚きおののく男の顔を想像して
 気持ちをいくらか取りもどした
 だが男はのんきそうに食べている

 テレビ映画を見ながら
 メチャクチャにやられている悪人に
 男をだぶらせながら
 もっとひどい殺し方を妄想して
 すこし女は笑みを浮かべた
 だが男はとなりでテレビを見ながら
 ゲラゲラ笑っている

 いろいろ考えても始まらない
 初めに行為ありき

 女は仕返しをする
 男をなぐる
 浮気女もなぐる
 男はあやまって
 男は女にその見返りにプレゼントをした
 お金がなかったら男に「お願い」をさせる

 女は強くなった
 表舞台に出る
 出ようとする
 男はなにもいえない
 それから女はだんだん強くなって
 「他の男」と浮気しようとする
 するかもしれない
 男はなにもいえない
 ほんとうに?

 男は仕返しに強くなろうとする
 だんだん強くなろうとする
 強くなって、また浮気しちゃった










































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