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型にはまらない自由な世界/ 『魔法使いハウルと火の悪魔』/文:たなか鮎子

 2020年春、私の暮らすパリはコロナでロックダウンされ、私も、感染はしなかったものの、体調を崩して寝込んでいました。そんな時、まっ先に手に取った本が『ハウルの動く城─魔法使いハウルと火の悪魔』でした。この本を開けば、生きる活力をもらえるのを知っていたからです。『ハウルの動く城』はアニメ化されていますが、私は圧倒的に原作が好きです。何度もローテーションしつつ読んでいる児童書はいくつかありますが、『ハウル』は中でもユニークな一冊。古典作品と違い、ロックを聴くようなスピード感とエネルギーに溢れているからかもしれません。「型にはまらない」主人公たちが、「型にはまらない」世界観の中で大暴れする……そんな印象です。

「長女に生まれたからには、ろくなことはできない」と人生をあきらめ、地味な労働に身を捧げる主人公ソフィー。魔女に90歳になってしまう呪いをかけられても、淡々と(むしろ前向きに)運命を受け入れるばかりか、逆に開き直って、暴力的ともいえる老婆に変貌します。

 そのソフィーが、ハウル・ペンドラゴンなる悪名高き魔法使いの城に意を決して飛び込むと、これまた私たち読者の期待はガクッと崩れます。城に見えたのは汚い小さな一軒家。住んでいたのは、ハウルを除けば、弟子の少年マイケルと、不満をたらたらこぼす小さな火の悪魔だけ。当のハウルも、王から重要な使命を受けたくないがために、自ら悪い噂を流しながら逃げまわっています。「ペンドラゴン」という仰々しい名も偽名で、本名はハウエル・ジェンキンス。不潔なわりに見た目ばかりを気にする、なんの威厳もない若造なのです。

 ここまでイメージが地に堕ちると、あとは上がるしかありません。そのプロセスが実におもしろく、心に沁みるのです。ソフィーや王の追求と魔女の攻撃を、のらりくらりとかわしつつ問題の核心に近づいていくハウルの知性と、イギリスならではのジェントルマン精神。物語が終わる頃には、彼を好きにならずにはいられないのです。

 彼だけではありません。気取らず地の足のついた脇役たちにも、共感を覚えずにはいられません。自分のことしか考えていないように見えて、実はお互いを尊重し気遣っている……そんな目立たない優しさが、読む者の心を温かくしてくれます。

 本のタイトルにもなっている、「動く城」というアイディアの奇抜さも好きです。文字通り「城」には足があり、そこらへんを動きまわることも、ドアの開閉ひとつで別の時空へ通じることも可能です。

 ダイアナ・ウィン・ジョーンズのファンタジーの魅力は、時間的移動も地理的移動も自由自在、現代とおとぎの国を軽々と行き来しながら、いくつもの世界の厚みを感じさせるところです。私自身、画家として、この二つの世界の境界を飛び越えるような作品を作ることを常々テーマにしています。彼女の絶妙なバランス感と鮮やかな構成力に脱帽しつつ、これからもインスピレーションをもらい続けたいと思っています。

『ハウルの動く城─魔法使いハウルと火の悪魔』
ダイアナ・ウィン・ジョーンズ 作
西村醇子 訳
徳間書店 刊

文:たなか鮎子(たなか あゆこ)
ロンドン芸術大学チェルシー校大学院終了。絵本に『クリスマスマーケットのふしぎなよる』『ルナのたまごさがし』、挿絵に『人形つかいマリオのお話』など。パリ在住。

(2021年1月/2月号「子どもの本だより」より)

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