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著者と話そう 小池アミイゴさんのまき

 2月刊の絵本『はるのひ』の作者、小池アミイゴさんにお話をうかがいました。

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新刊絵本『はるのひ』(徳間書店)

Q この作品は、ことくんという小さな男の子がお父さんの畑からすこしはなれた森のむこうへとひとりで走っていく姿を描いた、小さな冒険物語です。道中、ことくんは何度もお父さんに「おーい」と呼びかけて、声が返ってくるのを確かめてから前へ進み、物語は終盤にかけてドラマチックに展開していきます。
 この絵本の着想は、どうやって得られたのでしょうか。

A 7、8年前、大工をしていた、妻の父が、すこしはなれたところにいた当時2、3歳のぼくの息子にむかって、「おーい」と呼ぶ姿がすごく良かったんです。それは祖父と孫の関係だけど、親子で声をかけ合うのも大切だな、と思って。この大らかな親子の関係性を絵本で描きたい、描くならどんな場所がいいだろう、と考えました。

 ぼくは群馬県生まれで、子どものころには、ことくんのように、だんだん畑を上り下りしたり、鎮守の森に入ったりして遊んでいました。でも、今ではそういう美しい風景が区画整理などで失われてしまって、それが悔しいんですよね。

 物語のなかでは、ことくんが森のむこうに行く途中で、いろんな美しい風景に出会う描写を作りたいと思いましたが、読者ひとりひとりが物語の舞台に立てるようにするためには、空気とか匂いとか、リアルに感じられる足場を作らなければならない、と感じて。そんな風景が残っているのはどこだろう? と考えていくと、子どもたちと絵を描くワークショップなどでご縁のある福島県の奥会津の昭和村と柳津町の風景と、大分県の杵築市で楽器を作っている友人の住む森が思い浮かびました。

 実際に何度も奥会津には行き、また、大分の友人を訪れて、畑仕事を手伝ったり畑と森の距離感を確かめたりすることができたのは、制作を進める上でとても大きかったです。

 取材を積み重ねていると、今度は描きたい風景を発見する目が育ってきて、去年、3週間台湾に別の仕事で取材に行ったときにも、そこにこんな花があるとか、こんなにきれいな草があるとか、自然と目に入ってきて、そういう花や草も今回の『はるのひ』の絵に反映することができました。じつは日本の神社のような文化的に特徴的な建物は描いていないので、物語の舞台を日本と限定しているわけではないんです。

 2年前の春に自分の父が亡くなったこともこの絵本にとても影響がありました。その後、実家に帰るときにすごく遠回りをして歩いて、これまで生きてきた自分の記憶を辿っていくような作業をしました。それまでは物語の季節が夏なのか、秋なのか、よくわかっていなかったのだけど、このときの経験を描いておかなくちゃ、と思い、春に決まりました。表紙のあぜ道は、そのときに描いた場所をもとに描いています。

Q ご自身の体験が絵本に強く反映されているのですね。

A ぼくが大切だと思うのは、本を読んだ人に、舞台となる場所の空気感や温度や匂いや音といった感覚が伝わること。それが描いているぼく自身のなかにちゃんとあることが大事で、その感覚を失いそうになったら、何度も参考になる場所に行きました。やっぱりこの匂いがするよなあとか、改めて感じたりしましたね。
 これはぼくの思いですが、そうした感覚が、読者の体験になってほしいなと思います。そして、将来、ことくんのように迷ったり転んだりしながらも、自分の進みたい道を自分で発見して進んでいってくれたらいいな。

Q 子どものころから絵本がお好きでしたか?

A 父親が誕生日におもちゃは買ってくれないけれど、ダンボール一箱分の本は買ってくる人で、本はいつも当たり前にそばにありました。本が好きとか、そういう自覚もなく、なにかいつも見ていました。『ちいさいおうち』(岩波書店)はそのなかでも「永遠の一冊」。ぐるっとまわってあの風景に帰っていくのが好きです。

Q 30歳のときに絵本『いつもの街で』(八曜社の絵本館)でデビューをされて…。

A クリスマスプレゼント用に大人向きの絵本を、と依頼されて、あまりそのコンセプトがいいとは思わなかったけれど、今描いておくべきことだと思って、この絵本で大人にむかって言いたいことはすべて言ってしまいました。要するに、想像力を持って生きていくのは素晴らしいよ、と。そんなボブ・ディランみたいなことをもう言ってしまったから、これからは子どものためのものを作ろうと思ったのかなあ。世の中をちょっとでもいいものにしようと思ったら、子どもが生きる喜びを感じるような絵本を作らないとだめだなと思って、イラストレーションの仕事をする一方で絵の描き方も見直していきました。

 それから、福音館書店から『ちいさいトラック』の依頼があるまで18年。依頼があったころに息子が生まれ、その後、絵本制作の途中で東日本大震災が起こり、子育てと被災地支援でそれまで関わりのなかった人たちと関わるようになって、都会の生活者ではなく、もっと地方の人々の生活を下支えするような絵作りができないだろうかと考えるようになりました。

 そんな絵作りの軸ができはじめたころにたのまれたのが『とうだい』(福音館書店)の作画で、息子の成長とともに絵を描いてきました。
 そして、今度は、父が亡くなる1年前からこの絵本を作りはじめることになって。偶然かなあ、必然かなあ…。次の一歩につながるのが、この仕事なのかもしれません。

Q 今後の抱負は?

A 本ができたからおしまい、ではなく、子どもの読者とこの本を育てていけたらいいですね。
 イラストレーションにせよ、絵本にせよ、関わる人たちとコミュニケーションをして、一緒に作っていくという発想で物作りをしていきたいです。幸せになる人の顔が見えているか? なんて問いながら、イラストレーター界のBTSを目指します。

 ありがとうございました。

小池アミイゴ(こいけあみいご)
群馬県生まれ。一般社団法人東京イラストレーターズ・ソサエティ理事長。絵本に『とうだい』(斉藤倫 文/福音館書店)、『水曜日郵便局 うーこのてがみ』(KADOKAWA)、児童書の挿絵に、『小さな赤いめんどり』(アリソン・アトリー 作/神宮輝夫 訳/こぐま社)、『こぐまと星のハーモニカ』(赤羽じゅんこ 作/フレーベル館)などがある。

(2021年1月/2月号「子どもの本だより」より)

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