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ツボ売り2

「君は学生時代何をやっていたの?自分の強みはあるの?」

なんどもインプットされていた質問だ、そしてマニュアルのようになんども答えてきた。結果はいつも不合格だ。今日もまたマニュアル通りに回答してしまったら結果は同じではないかと山本は思った。

しかし、山本はこの1年間で培われた回答より優れた回答を持ち合わせていないのもまた事実だ。

「いや、君それ本心じゃないっしょ、どうしたいの?」

山本は不意を突かれる。そんな風に回答を遮られたことも初めてだ。多少背筋に嫌な脂汗が流れる・・・

「ぼ、ぼく・・いや私は今まで学生時代にアルバイトも真面目にこなしてアルバイトのリーダーとして…」

さらに遮られる

「だからね。それって君の本心じゃないと思うんだよね。別に圧迫ってわけじゃなくて、何がやりたくてウチを受けてどんな人材になっていきたいかを聞いているんだよ」

山本は、答えにとまどった。同時に自分が説明会で得た高揚感や面接を受けようとした動機などを一切踏まえずに、ただ面接攻略をすべく今まで通りに受け答えをしていた自分を恥ずかしく思い始める。

本心ーーー

本心は地元に帰りたくない、大学の同期の就職が決まり焦っている。そして乗り気ではない時期外れの就職説明会に出てしまったが、不動産に魅力を感じたこと、そしてオフィス仲介で社長と商談している自分をイメージしてここなら自分が輝ける気がする。

思いのほか素直にしゃべれた自分に驚きつつも、こんな同期で良いのか不安になった。若干の沈黙のあと

「うん、まぁそうだよな。そうそう」

「ウチの商品なんてオフィスの仲介だから、競合との優位さが無いのよ。扱う商品はみんな同じ。そんな中だから、君がどうしてウチに興味を持ったかというストーリーが聞きたいのさ。その結果、熱意が伝わる事や共感を生むの。だから自分の動機をちゃん持ってないと受からないし売れないよ」

そう言い放ち面接が終わった。果たして受かったのだろうか落ちたのだろうか。

現在3次選考まで進むことができたオフィス仲介会社「グランドオフィス」以外はもう受けていなかった。

しかし今回の面接がだめであったら就職浪人か、今続けているステーキレストランのアルバイトを続けながら就職先を探そうか?いっその事、長野に帰る選択肢もあるがどうしても山本の小さなプライドがそれを許さなかった・

東京でオフィス仲介をして客先である社長と対等に商談している自分の姿。これに賭けるしかない。

3次面接が終わり手ごたえも無いまま、小田急線に乗り向ケ丘遊園駅で降り家に帰る。すでにこの家も4年、つまり東京へ出てきて4年が過ぎた、自分はあといつまで東京にいられるのだろう。

しかしそんな心配は翌日には消えることとなる

枕元の携帯電話が緑色に点滅している。折りたたんだ携帯を開くと2通の新着メールを受信していた。1通は1歳年上の彼女「由美子」からの着信、もう一通は「グランドオフィス・総務部」からの連絡であった。

おもむろにグランドオフィスのメールを開くとそこには丁寧なあいさつ文の後に「内定」の一文を発見することができた。

安堵と同時に、なぜあの面接で自分が採用されたのかが理解できなかった。だが、結果として今日をもって山本の就職活動は本日をもって終了した。

春からはオフィス営業として、社会人としての第一歩を踏み出すのだ。

あまりの嬉しさに由美子への返信を忘れ、数日後怒りの電話が由美子から来た。




主にオフィスに関する不動産知識や趣味で短文小説を書いています。第1作目のツボ売り、それ以外も不動産界隈の話を書いていければ良いなと思っています。 サポート貰えると記事を書いてる励みになります。いいねをしてくれるだけでも読者がいる実感が持ててやる気が出ます