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地蔵調査官(シナリオ)①

さぬき映画祭第4回シナリオコンクール大賞を受賞したシナリオです。
両親から虐待を受けて親戚の寺に引き取られた少女が、寺の地蔵に一日中話しかけている謎の男と出会うお話です。
映画化され、さぬき映画祭2022で上映されました。

1闇の中

  シャン…シャン…シャン…という音が一定のリズムで響く。


2地蔵寺

  香川県高松市にある地蔵寺の参道にて。

笠を被り白装束の行者が錫杖を突いて歩いてくる。歩く度に杖の鐶が、シャン…シャン…と鳴る。

(シャン…シャン…という音に合わせてシーンが切り替わる)

  道端に並ぶ数体の地蔵。お揃いの赤い前掛けを着けている。

  小祠の傍に鮮やかに咲く彼岸花。

  地蔵の頭に止まっていた赤とんぼが空高く飛び立つ。

  行者が地蔵寺の門をくぐる。


3タイトル・『地蔵調査官』


4同・本堂前

行者、賽銭を投げ入れ、手を合わせて真言を唱える。

行者「オン カカカ ビサンマエイ ソワカ

   オン カカカ ビサンマエイ ソワカ

   オン カカカ ビサンマエイ ソワカ」


5同・御朱印受付所

行者、御朱印帳を住職の妻·里見公子(54)に差し出し、

行者「御朱印願います」

公子、迷惑そうに読んでいた本を置き、眼鏡を少し下げて行者を見る。

公子「(作り笑いをして)…300円お納め下さい」

  お金を受け取ると、慣れた手つきで記帳し印を押す。

公子「ご苦労様」

  と、御朱印帳を渡す。


6同・境内

  竹箒で掃除をしている野田灯(14)。着古された白いシャツに赤いスカートという貧しい装い。

しかし、身だしなみは綺麗に整っており、どこか品がある。

灯の前を行者が通る。

行者「ご苦労様」

  行者の後ろ姿にお辞儀する灯。

ふと集めたゴミに目をやると、くしゃくしゃに丸められた紙があるのに気付く。手に取り広げてみると、『空即是色』と大きく書かれている。

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灯 「…くうそく…ぜしき?」

  突風が紙を吹き飛ばす。

灯 「あっ!」

  と、紙を追いかけて走る。


7同・裏庭

  池の中に落ちる紙きれ。

灯、岸から必死に手を伸ばす。やっと紙を掴むが、視線を先にやると赤とんぼが溺れているのが見える。

灯 「……」

  灯、靴と靴下を脱ぎ、スカートを捲り上げて、池の中へ足を踏み入れる。

赤とんぼを優しく手で掬い、頭上にかざす。

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赤とんぼは元気良く空へ飛び立つ。

灯 「ばいばい」

  池から上がり、ハンカチで足を拭く。

突然、後ろに人の気配を感じてバッと振り返る。

灯 「?!」

  後ろには誰もいない。

背の高い雑草が一面に生い茂り、風に吹かれてザザーンと揺れる。

灯 「(何かを探すような眼差し)」

  表から公子の声−−。

公子「あかりー!どこにいるの?!あかり!」

灯 「はい。今行きます」

  と、声の方へ走る。


8同・境内

  公子が仁王立ちで灯を待っている。

公子「遅い!」

  灯、竹箒を手に取り、

灯 「ごめんなさい」

公子「風呂掃除に、洗濯に、本堂の雑巾掛けに、まだまだ仕事はたくさん残ってるだろ?!そんなちんたらやってたら夕飯までに終わらないよ!」

灯 「ごめんなさい」

  灯が顔を上げると、地面に跪いて地蔵にボソボソと話しかける男が目に入る。

男は白髪混じりのボサボサな髪に、よれよれの黒いスーツという装い。

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灯、そちらをじっと見つめる。

  公子もちらりと見て、

公子「あんなもん見てないで、さっさと手を動かしな。関わるんじゃないよ!」

灯 「…はい」


9同・本堂

  広い本堂の床を一人で雑巾掛けしている灯。ゴーンと響く鐘の音。はッとしたように掃除の手を早める。


10同·境内(夕方)

  雑巾とバケツを持って母屋へ戻る灯。途中、先程の男を見かける。男は自分の顔を地蔵の顔に近づけて、ボソボソと何かをしゃべっている。

灯、少し迷うが男に近付き、

灯 「あのー」

男 「……」

灯 「あのー!」

男 「…は、はいっ!ああ、何でしょうか?」

灯 「そろそろ門を閉めるのですが…」

男、慌てて立ち上がり、

男 「ああ!それは失礼しました。すぐに帰ります」

灯 「…あのー、さっきからずっと、何をしていらしたんですか?」

男 「はい、私は地蔵調査官でして。お地蔵様達の日々のお勤めを調査して、天界に報告しているんです」

灯 「はあ…」

  地蔵調査官(45)、満面の笑みで灯を見つめて、

地蔵調査官「このお寺には、立派なお地蔵様がたくさんいらっしゃいますね!」

灯 「あ、ありがとうございます」

地蔵調査官「きっと御住職の信仰が深いのでしょう」

灯 「…ちなみに、そちらのお地蔵様はどんなお勤めをしているんですか?」

地蔵調査官「このお方は人がものを落とした時や、何かを探している時に、鈴を鳴らしてその場所を知らせているそうです」

  灯、試しにポケットからハンカチを落としてみるが何も音は鳴らない。

地蔵調査官「わざと落としたんじゃ駄目です。その人が本当に必要としているものじゃないと鳴らさない、と仰っています」

灯 「すみません。じゃあ、あっちのお地蔵様は?」

地蔵調査官「あちらのお方は、あの木の、あそこの枝から街を見下ろして、困っている人を見つけて助けているそうです」

  灯、頂上から伸びた細い枝を指差し、

灯 「え、あの枝ですか?」

地蔵調査官「はい、そうです」

灯 「ふふふ。でも、あんな細い枝にお地蔵様が乗ったら折れちゃいませんか?」

地蔵調査官「何も石の身体があそこに乗るのではありません。お地蔵様の霊体があそこにいらっしゃるのです」

灯 「はあ、霊体ですか…」

地蔵調査官「そうです。昨日も、あそこから街を見下ろしていると、目の不自由なご婦人が道に迷っているのが見えたので、手を引いて家まで送り届けたそうです」

× ×

(回想)

  街中を盲目の婦人が手を引かれて歩いている。

婦人「どなたか存じませんが、ご親切にありがとうございます」

  婦人の手を引く白い手。

婦人「あのー、ご近所の方ですか?」

  白い手の先には何もない。

ただ白い手が宙に浮いて婦人の手を引いている。

白い手に引かれた婦人が通り過ぎると、フッと風が吹き、軒先にぶら下がった風鈴がリーンと鳴る。

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× ×

  灯、呆然とした表情から少しだけ微笑み、

灯 「じゃあ、おじさん、このお地蔵様は?」

地蔵調査官「このお方は虫と蛙を専門に助けていらっしゃいます」

灯 「虫と蛙?人は助けないの?」

地蔵調査官「はい。人間は恩知らずだから助けるのをやめた、と仰っています」

灯 「ふふ、変なの」

地蔵調査官「先程も、このお寺の裏手の池で溺れていたとんぼを助けた、と仰っています」

灯 「ふふふ。それは私が助けたのよ」

地蔵調査官「はい。風を吹かせて紙きれを飛ばし、あなたを裏の池まで導いた、と仰っています」

灯 「!?」

地蔵調査官「あぁ、遅くまで話し込んでしまってすみません。今日はそろそろ失礼します」

灯 「…さよなら」

  地蔵調査官、一礼し門から出て行く。

その後ろ姿を呆然と見つめる灯。

ーー続くーー

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