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受賞しました。

このたび第9回日隅一雄・情報流通促進賞(奨励賞)を受賞しました。2020年9月に上梓した拙著『地方選 無風王国の「変人」を追う』(角川書店)を含む、地方土着の政に着目した文筆活動が、日隅一雄・情報流通促進基金の目指す「公正な情報流通」を促進させ、真の国民主権の実現に貢献するものとして、選考委員(落合恵子氏、三木由希子氏、岩崎貞明氏)より有難いご評価を頂戴しました。以下は、日隅弁護士の命日(十回忌)である2021年6月12日に行われた表彰式での受賞スピーチ(原稿)です。

 このたびは、第9回日隅一雄・情報流通促進賞という栄えある賞を頂き、誠にありがとうございました。

 私がテーマにした地方選挙とは毎週日曜日に全国のどこかの自治体で必ず行われているものですが、全国メディアではその結果すら報じられない町や村の選挙、中でも相手にされないどころか、そこにあるという存在感さえ忘れられがちな無投票が続く辺境の村々、同じリーダーがずーっと居座る「地方の王国」を歩いた一人旅の記録が今回の受賞作です。

②「民主主義の儀式」は静寂な山村であっても丁寧に行われていた(撮影場所・愛媛県松野町)

 実は、地方選をめぐる8回の旅を終えてから一冊の本にできるまで、2年以上の月日を要しました。なかなか企画を通してもらえる出版社が見つからず、地方に対するドライなまなざし、「情報流通促進」の難しさを身を持って体験しました。機が熟すまでは苦しい日々を過ごしましたが、コロナ禍をきっかけに地方自治の役割やその重要性が注目され、身近なリーダー選びが住民の命をも左右するというリアリティを感じてもらえる機会が増えました。そんな中で生まれた一冊を、あまたある書籍の中から発掘され、ご評価をくださった選考委員の先生方ならびに主催事務局の皆様に、心の底からの感謝を申し上げます。

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 私はジャーナリズムの世界に飛び込む以前に、いくらか社会福祉について学んだことがありまして、その時の経験が一つの柱になっています。さまざまな病気や障害を抱えた方々、ハンセン病や水俣病の当事者とお付き合いしながら、マイノリティーとして生きる人々やその家族らの日常をしなやかにかつ根気強く、ただし、楽しく面白くエンパワーメントするための手法を探る日々を過ごしました。当時のはやり言葉で言うところの「自分探し」をする中で、たまたま辿り着いたのがノンフィクションでした。

②町長選挙の開票の様子(撮影場所・青森県大間町)

 このたびの選評では、地方自治の地道な営みを掘り起こし、その担い手をエンパワーメントする大切さに加え、複雑な政治的テーマを「面白いルポ」に仕立てる重要性、ノンフィクションなる表現方法を通じて「リアル」をシェアすることの可能性も認めてくださいました。井上ひさし先生の名言にもありますが、「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく、おもしろいことをまじめに、まじめなことをゆかいに」伝える。そうした思いを選考委員の先生方と共有できたことが、何よりの喜びです。

⑤全国でも珍しい「選挙絵びら」と呼ばれる群馬特有の為書き(よこ)

 また、政治に風が吹かない土地に生まれ育ち、自分が暮らす地元を少しでも良くしようと立ち上がった「無風王国の変人たち」、ムラ社会の中でいくら笑われても、何度も負けてもへこたれない在野の変革者たちや彼ら彼女らを支える人々にとって、今回の受賞がささやかなエールにもなれば幸いと存じております。

⑥草津温泉の中心地「湯畑」で行われた現職・黒岩の演説会

 とはいえ、このような栄誉は自分とは縁がないと存じておりました。昨年は別の作品で3つのノンフィクション賞の最終選考会で落とされています。以来、まさか自分の仕事が他人様から評価されるなんて想像もしていませんでしたので、事務局の木野龍逸さんを通じて受賞のご連絡を頂戴した際も、どう受け止めればよいのか、すぐに言葉が見つからず、電話越しに木野さんを困らせてしまったほどでした。(※公募型の賞ですので、このたび他薦、ご応募してくださった方には、この場をお借りして感謝を申し上げます。)

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 日隅一雄弁護士の生前のご活躍ぶりについては存じ上げておりましたが、受賞のご連絡を頂戴した後に過去の受賞者、今回の受賞者の顔ぶれを確かめると、「闘う言論人」や「不屈の表現者」と呼ばれる猛者ばかりで、このような系譜に私奴が並んでも良いのだろうかと憚りながら、しばらく武者震いが止まりませんでした。

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 私は現在、ある不祥事の背景を追ったノンフィクションの新作を執筆中でして、つい2週間前、ある司法関係者について調べるために大きな図書館で専門雑誌をめくっていたところ、私が探している人物の直前のページでインタビューを受けておられたのが、生前の日隅一雄先生でした。私はこうしためぐりあわせに運命めいたものを感じ、この栄えある賞を受ける覚悟がようやく定まったという思いに至りました。

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 日隅先生はそのインタビュー記事の中で「ずいぶん回り道をしてから弁護士人生をスタートした」とおっしゃられていて、新聞社という職場に矛盾を感じ、5年で飛び出され、オーストラリアに渡って「修業の旅」を過ごされ、それから弁護士という道が定まったとご説明されております。実は、私にも少しだけ似た回り道の経験がありまして、日隅先生と同じく都内の新聞社を5年で飛び出し、日隅先生と同じくオーストラリアで1年余りの「モラトリアム期間」を過ごし、「筆一本」でサバイブする今の日常に至っています。日隅先生が弁護士になられたのは不惑の頃。同じく不惑を過ぎた私はこうして日隅先生と出会えたことで、これから自分の歩むべき道が定まりつつあります。

①著者は平成の終わりに8つの地方選をめぐった(撮影場所・北海道えりも町)

 最後になりますが、今回の受賞を通じて日隅一雄先生という、私にとっての「道しるべ」をご提供していただきました。善と悪の境界線にたった一人で立ち続けるノンフィクションライターという仕事は、メディアの世界でも孤立することが多く、心が折れそうになることもしばしばですが、日隅先生の名に恥じぬようこれからも全身全霊をかけて「ボーダーライン」に立ち、「情報流通促進」の担い手たちをこれまで以上にエンパワーメントしていく所存です。

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 皆様におかれましては、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします。

2021年6月12日

ノンフィクションライター 常井健一

※表彰式の模様は、こちらから動画でご覧になれます。


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