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童話「ねこのリンネと9つの実」

この小説は7,124文字です。

 子どもの背丈ほどの小さな木の下に、一匹の白ねこが眠っていました。丸まった背中には、茶色い模様があります。天使の羽根みたいな模様です。ねこの名はリンネといいました。

 リンネはもぞもぞと動くと、のびをしながら大きなあくびをしました。

「ふわあ。よく寝たなぁ」

 それから前足で顔を洗い、全身をなめて毛づくろいをしました。そしてようやく、はるちゃんがいないことに気がつきました。
 はるちゃんはリンネの飼い主さんのおうちの10歳の女の子です。はるちゃんがもっと小さいころ、まだ子ねこだったリンネが迷子になって泣いていたところを助けてくれました。それからずっといっしょに暮しています。リンネはいつもはるちゃんのベッドで並んで寝ます。

 ですが、今朝は目が覚めてもとなりにはるちゃんはいませんでした。ベッドの上でもありません。広い原っぱにぽつんと小さな木が一本はえているだけでした。

「ねこのリンネ、おかえり」

 とつぜん声がしたのでリンネはびっくりしました。けれども辺りを見回してもだれもいません。

「だれ? だれかぼくを呼んだよね?」
「ここだよ、ここ」

 地面から声がします。見ると、土の中からもぐらがひょっこり顔を出していました。

「もぐらさん、ぼくを知っているの?」
「もちろんさ。おれはリンネの木の番人だからな」
「ぼくの木?」
「だれでも木をもっているわけじゃない。リンネは特別なねこなんだ。生まれてすぐにあかい実を食べたからね」

 木と呼ぶには小さな植物を見上げました。ちょうどはるちゃんの背と同じくらいの高さの木に、いくつものあかい実がなっています。ごはんのカリカリを2、3個くっつけたくらいの大きさです。

「生まれたとき?」
「そうさ。ここは生まれる前の世界だからね。命の実をたべた者が生まれることができるんだ。世界にはいろんな色の実があって、それぞれ意味がある。あかい実は特別な実なんだ」
「どう特別なの?」
「リンネが食べたあかい実はこの木から落ちたものだ。残っている実をかぞえてごらん」

 もぐらにいわれたとおり、リンネはあかい実をかぞえました。

「8つあるよ」
「そうだ、8つ残っている。もともとこの木には9つの実があった。1つはリンネが生まれるときに食べたから、残りは8つ。ふつうは1つの実しかならないんだ。だけどあかい実だけは9つなる。リンネは9つの命があるんだ」
「すごいや!」
「あかい実はねこしか見つけられない。だから、ねこには9つの命があるなんていわれるけど、ねこならだれでも9つの命をもっているわけではない。ねこの中でも特別なねこだけがもてるんだ。特別なねこのリンネ、おかえり」

 リンネは首をかしげました。

「さっきもおかえりっていったよね? どうして? ここはぼくのおうちじゃないのに」
「1つめの命を使い切って、生まれる前の世界に帰ってきたからさ」
「どういうこと? ぼく、死んじゃったの? はるちゃんと寝ていたはずだよ」
「それなら寝ている間に死んでしまったんだろう。気にすることはない。あかい実を食べれば生き返るよ」

 リンネは後ろ足で立ち上がって、あかい実を1つとりました。

「はるちゃんが起きる前に生き返らなくちゃ」

 そういって、あかい実をぱくりと食べました。なんだか眠たくなってきて、リンネは草の上で丸くなりました。
 リンネの耳元でもぐらが話しかけます。

「リンネ、いっておかないといけないことがある。あかい実を食べると生き返るかわりに……」

 もぐらの話を最後まで聞かないうちに、リンネは眠ってしまいました。
 

      ฅ^•ω•^ฅ

 リンネはもぞもぞと動くと、のびをしながら大きなあくびをしました。

「ふわあ。よく寝たなぁ」

 それから前足で顔を洗い、全身をなめて毛づくろいをしました。

「リンネ、おはよう」

 となりで寝ていたはるちゃんも起きました。いつもと変わらない朝です。

 なんだか変な夢を見ていたような気がするなぁ。

「今日は病院にいく日だよ」

 はるちゃんにいわれて思い出しました。リンネはずっと病気でした。かぜをひいてからどんどんぐあいが悪くなって、ごはんもあまり食べられなくなっていました。それでときどき病院で検査をして薬をもらっていました。今日はその病院いく日なのでした。

 ところが、今朝はちっともぐあいが悪くありません。どこも痛くないし、苦しくもないのです。病院の先生もおどろいています。

「おや、ずいぶん元気になりましたね。もうだいじょうぶでしょう」

 リンネは元気に毎日をすごしました。

      ฅ^•ω•^ฅ

 どれくらいたったころでしょうか。ある日のこと。
 リンネはもぞもぞと動くと、のびをしながら大きなあくびをしました。

「ふわあ。よくねたなぁ」

 それから前足で顔を洗い、全身をなめて毛づくろいをしました。

「リンネ、おはよう」

 あいさつをしてきたのははるちゃんではありませんでした。リンネのとなりにはるちゃんはいませんでした。ベッドの上でもありません。広い原っぱにぽつんと小さな木が一本はえているだけでした。

 あれ? なんだか知っている場所だぞ?

「ねこのリンネ、おかえり」

 地面から声がします。見ると、土の中からもぐらがひょっこり顔を出していました。

「あれれ? ぼくはまたいつかと同じ夢を見ているのかな?」
「なにをいっているんだい。リンネはおぼれて死んだだろう?」
「あ。思い出した」

 リンネはおふろでおぼれたことを思い出しました。
 リンネもほかのねこたちと同じで、水が苦手です。なので、ふだんはおふろ場に入ることはありませんでした。
 だけど、生き返ってからはちがいました。みんながおふろに入ったあと、おふろのふたの上に乗るのがすきになりました。お湯のあたたかさが伝わってきて、ぬくぬくして気持ちがいいのです。
 ところが、今夜はふたがきちんと乗せられていなかったみたいで、リンネが飛び乗った勢いでふたがかたむいて、リンネを乗せたままドボンとお湯に落ちました。
 リンネはいっしょうけんめいに手足を動かしましたが、外に出ることはできませんでした。お湯をのみこんでしまって、気がついたらここに来ていました。

「だけどおかしいなぁ。おふろ場はきらいだってことを忘れていたよ」
「それはそうさ。あかい実を食べると、生き返る代わりに、なにかをひとつ忘れるんだ」
「そんなこと教えてくれなかったじゃないか」
「おれは教えようとしたさ。だけどリンネが待たずに生き返ったんだよ」

 そういえば、あかい実を食べて眠る前にもぐらがなにかいいかけていたような気もします。

「1つ食べて生き返るたびに、1つずつなにかを忘れるの?」
「そうだよ。もう生き返るのはやめるかい?」

 リンネは木を見上げました。あかい実が7つ残っています。

「やめないよ。おふろ場がこわくなくなったのはいいことでしょ? 次はお湯に落ちなければいいだけさ」

 リンネは後ろ足で立ち上がって、あかい実を1つとりました。

「はるちゃんが起きる前に生き返らなくちゃ」

 そういって、あかい実をぱくりと食べました。なんだか眠たくなってきて、リンネは草の上で丸くなりました。そしてすぐに眠ってしまいました。

      ฅ^•ω•^ฅ

 リンネはもぞもぞと動くと、のびをしながら大きなあくびをしました。

「ふわあ。よく寝たなぁ」

 それから前足で顔を洗い、全身をなめて毛づくろいをしました。

「リンネ、おはよう」

 となりで寝ていたはるちゃんも起きました。いつもと変わらない朝です。
 ところがリンネはびっくりしてベッドから飛び降りました。

「リンネ? どうしたの?」

 知らない女の子が話しかけてきます。
 リンネが忘れたのは、はるちゃんのことでした。

「なんでにげるの? わたしだよ。はるだよ」

 リンネをだっこしようしようとのばしたはるちゃんの手をリンネはするりとぬけだしました。

「リンネ! どこにいくの?」

 ベッドも部屋もおぼえています。ろうかを走ってほかの部屋も見て回りましたが、ぜんぶおぼえています。おふろのふたの上にのるとあたたかいということもおぼえています。ここは、ずっとリンネが暮らしてきた家でした。
 はるちゃんという女の子からはぼくとおなじにおいがしました。ずっといっしょにいたからにちがいありません。

「きっとぼくは、はるちゃんとなかよしだったのだろう」

 だけどどんなふうになかよしだったのか思い出せません。何日たっても、知らない人と暮らしているみたいで、家にいても落ちつきません。リンネは少しだけ庭に出てみることにしました。
 すると、バサバサッと大きな音がして、空からカラスがおりてきました。そしてリンネをつつきました。かたくて大きなくちばしは痛くてこわくて、リンネはにげました。けれども、ついにつかまってしまいました。リンネはこわくて、目をギュッとつむりました。

      ฅ^•ω•^ฅ

「ねこのリンネ、おかえり」

 地面から声がします。見ると、土の中からもぐらがひょっこり顔を出していました。
 どうやらまた死んでしまったようです。

「どうする? もう生き返るのはやめるかい?」

 あかい実はあと6つあります。

 リンネははるちゃんのことを忘れてしまいましたが、また好きになっていました。もっとはるちゃんと遊びたいと思いました。きっと忘れる前もそんなふうに思っていたのでしょう。
 リンネは後ろ足で立ち上がって、あかい実を1つとりました。

「はるちゃんが起きる前に生き返らなくちゃ」

 そういって、あかい実をぱくりと食べました。なんだか眠たくなってきて、リンネは草の上で丸くなりました。そしてすぐに眠ってしまいました。

      ฅ^•ω•^ฅ

 リンネはもぞもぞと動くと、のびをしながら大きなあくびをしました。

「ふわあ。よく寝たなぁ」

 それから前足で顔を洗い、全身をなめて毛づくろいをしました。

「リンネ、おはよう」

 となりで寝ていたはるちゃんも起きました。いつもと変わらない朝です。
 ところがリンネはびっくりしてベッドから飛び降りました。

「リンネ? どうしたの?」

 知らない女の子が話しかけてきます。
 リンネは部屋のすみっこに逃げました。

「ここはどこなんだろう?」

 知らないところ。知らない女の子。
 リンネはこわくなって家を飛び出しました。
 走って、走って、走りました。
 たくさん走ったら、すこし気分が落ちつきました。公園のベンチにのぼって毛づくろいをしたら、もっと落ちつきました。

「もしかしたら、あかい実のせいで忘れたのかもしれない」と気づきました。

 そうだとしたら、リンネが忘れているだけで、あそこはリンネの家で、あの子はリンネとなかよしなのかもしれません。

「覚えていなくても、きのうまであの家にいて、あの子となかよしだったのなら、きっとまたおなじように暮らせるはずだよね」

 リンネはピョンとベンチから飛び降りましたが公園の出口で困ってしまいました。どこから来たのかわかなかったからです。

「どうしよう……」

 リンネはあちこち歩き回ってみましたが、あの家をみつけることはできませんでした。
 家を飛び出してきたのは朝だったのに、もう夕方です。おなかもすきました。

「リンネー! リンネー!」

 名前をよばれて、リンネは声のする方へ走り出しました。あの女の子、はるちゃんがいました。

「リンネ!」

 リンネははるちゃんにだっこされて家へ帰りました。
 こんどはちゃんと道をおぼえました。

 道をおぼえたので、リンネはそれからもときどきこっそり外に出かけました。リンネのような飼いねこではない地域ねこという外でくらすねことも友だちになりました。

 そしてある日、リンネは車にはねられました。

      ฅ^•ω•^ฅ

「ねこのリンネ、おかえり」

 地面から声がします。見ると、土の中からもぐらがひょっこり顔を出していました。
 どうやらまた死んでしまったようです。

 あかい実はあと5つあります。

 リンネは後ろ足で立ち上がって、あかい実を1つとりました。

「生き返らなくちゃ」
「どうして?」
「どうしてだろう? だれかが待っている気がするんだ」

 そういって、あかい実をぱくりと食べました。なんだか眠たくなってきて、リンネは草の上で丸くなりました。そしてすぐに眠ってしまいました。

      ฅ^•ω•^ฅ

 リンネはもぞもぞと動くと、のびをしながら大きなあくびをしました。

「ふわあ。よく寝たなぁ」

 それから前足で顔を洗い、全身をなめて毛づくろいをしました。
 公園のベンチの上でした。地域ねこたちがやってきて、ふしぎそうにリンネの顔をのぞきこみます。

「リンネ、ここで夜を明かしたのかい?」
「リンネはおうちがあるはずだろう?」
「なかよしの女の子はどうしたんだい?」

 みんながいろいろきいてきますが、なんのことだかさっぱりわかりません。

「リンネってぼくのこと?」
「このまえは自分でそういっていたよ。ちがうの?」
「ぼく、よくわからないや」

 なかよしだったはるちゃんのことは忘れたし、住んでいた家のことも忘れました。自分の名前も忘れました。

 地域ねこたちはリンネを仲間にしてくれました。ごはんをもらえる場所や雨にぬれない場所も教えてくれました。外でのくらしは危険がいっぱいで、仲間は次々と病気になったり事故にあったりしていなくなっていきました。

 リンネだって同じです。危険がいっぱいありました。
 ただリンネには生き返りのあかい実がありました。あかい実を食べるたびになにかを忘れていきましたが、なにを忘れたのかもわからなくなりました。

 なんども生き返るうちに、いつのまにか仲間はみんないなくなりました。
 ひとりぼっちになったリンネは、体を寄せ合ってあたため合う仲間もなく、さむい夜にだれにも気づかれないままこごえてしまいました。

      ฅ^•ω•^ฅ

「ねこのリンネ、おかえり」

 地面から声がします。見ると、土の中からもぐらがひょっこり顔を出していました。

「リンネってぼくのこと?」
「ああ、そうだったね。名前は忘れてしまったんだっけ」
「いま覚えたよ」
「いや、また生き返ったら忘れてしまうだろうよ。どうする? もう生き返るのはやめるかい?」

 あかい実はあと1つです。

 リンネは後ろ足で立ち上がって、最後のあかい実を1つとりました。

「リンネ、最後の1つを食べてしまったら、次はもうここへは帰ってこれないよ。このままおれとここで暮らすのはどうだろう? 生き返ったって、もう仲間はだれもいないんだろう?」

 もぐらのいうとおり、生き返ってひとりぼっちで暮らすより、このままここにいた方がいいような気がします。

 けれどもリンネは最後のあかい実をにぎりしめていいました。

「生き返らなくちゃ」
「どうして?」
「わからない。けど、大事なことがある気がするんだ」

 そういって、あかい実をぱくりと食べました。なんだか眠たくなってきて、リンネは草の上で丸くなりました。そしてすぐに眠ってしまいました。

      ฅ^•ω•^ฅ

 公園のベンチの上に一匹の白ねこが眠っていました。丸まった背中には、茶色い模様があります。天使の羽根みたいな模様です。ねこの名はリンネといいましたが、リンネは自分の名前を忘れていましたし、もうだれもその名前をよぶものはありません。

 おひさまのぬくもりが気持ちよくて、リンネはうとうとしていました。
 夢の中では、やさしく背中をなでられていました。遠いむかしにそんなふうになでられたことがあったような気もします。けれどもリンネはあかい実を食べて生き返るたびにひとつずつ忘れてきたし、あまりに長く生きたのでそれ以外のこともよく思い出せなくなっていました。

 リンネはもぞもぞと動くと、のびをしながら大きなあくびをしました。

「ふわあ。よく寝たなぁ」

 それから前足で顔を洗い、全身をなめて毛づくろいをしました。

「リンネ、おはよう」

 だれかに声をかけられました。
 目を開くと、ベンチにいるリンネのとなりにおばあさんが座っていました。そしてリンネの背中をなでていました。

「おまえはリンネにそっくりだよ」

 リンネってだれだろう? とリンネは思いました。
 思っただけなのに、おばあさんは返事をしてくれました。

「リンネってのはね、あたしが子どものころになかよしだったねこの名前なんだよ。迷子になったまま見つからなかったんだ。ねこは人ほど長生きできないから、おまえはリンネに似ているだけの別のねこなんだろうね」

 きっと別のねこなんだろう。ぼくはこの人がだれだか知らないし。
 だけど、この人はなんだかなつかしいにおいがする。ぼくの大好きなにおいだ。

「リンネに似たねこちゃん。よかったらうちに来ないかい?」

 リンネは迷わず「にゃあ」と鳴きました。

 おばあさんの名前は、はるといいました。リンネはリンネと名づけられました。ふたりは毎日なかよく暮らしました。毎晩いっしょに眠って、毎朝いっしょに起きました。

 ある朝、リンネが目を覚ましても、はるはまだ眠っていました。
 昼になっても夜になっても眠っていました。
 夜が来たので、リンネはまたはるのとなりにくっついて眠りました。

 あくる朝のことでした。

「おはよう、リンネ」

 よばれた気がしました。けれどもはるは眠ったままでした。

 なんだか変な夢を見ていたような気がするなぁ。

 リンネは目を閉じたままそんなことを思っていました。

 そして、二度と目を覚ましませんでした。

 窓から差しこんだ朝日が、幸せそうによりそって眠るふたりを照らしていました。



      おしまい ฅ^•ω•^ฅ