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童話「梅とウグイス」
この小説は2,298文字です。
今は昔。
たいそうよい香りを放つ梅の花がありました。やわらかくあまい香りがあたりにただようのであります。枝ぶりも細やかに曲がり、とても趣があります。
若い梅の木は姿も香りもすばらしいので、虫や鳥たちがたえまなく訪れ、我こそは梅の姫と親しくなろうと、舞や歌をおしみなく捧げておりました。
蝶が美しい模様の羽を優雅にはばたかせます。
「梅の姫。わたくしの舞をごらんください。わたくしこそ、あなたのまわりを飛ぶのにふさわしいとは思いませんか?」
「あら、そうかしら」梅は枝の間を縫うように飛びまわる蝶を払うように小さくふるえました。
「そんなに近くをうろうろされたのでは落ち着きませんわ」
蝶は梅のご機嫌をそこねたことを知り、あわててよそへと飛んでいきました。
テントウムシがそっと梅の枝にとまります。
「梅の姫。わたくしの着物をごらんください。紅色につややかな黒い星が美しいとは思いませんか?」
「あら、そうかしら」梅は枝の上をよちよち歩きまわるテントウムシを払うように小さくふるえました。
「あなたに歩きまわられるとくすぐったくてたまりませんわ」
テントウムシは梅のご機嫌をそこねたことを知り、あわててよそへと飛んでいきました。
ヒヨドリが梅のまわりをぐるりと飛んで、枝にどうどうととまりました。
「梅の姫。わたくしの声をおききください」
キィーーー。キィーーー。
「いかがです? りっぱな鳴き声でございましょう」
「あら、そうかしら」梅は身震いをするように全ての枝をざわざわと揺らしました。
「あなたの声はさわがしくてかないませんわ。わたくしはおしゃべりよりも歌をききたいのです」
ヒヨドリは梅のご機嫌をそこねたことを知り、あわててよそへと飛んでいきました。
梅にはひそかに思いをよせている方がありました。
かなたの山から聞こえてくる歌声はたいそうすばらしく、うっとりとしてしまいます。あの方にとどきますようにと、梅は甘い香りをいっそう強くしたのでございます。
すると、どうでしょう。いとしいあの歌声が日に日に近づいてくるではありませんか。
ある朝、梅は夢の中であの歌声をきいておりました。それは梅に語りかけるようにすぐそばでやさしく響いているのでありました。
お日さまの光をあびながら目をさましますと、梅の木で声の主が歌っているではありませんか。
梅は夢の続きを見ているかのような心地でそっとそちらを見やりました。そこには美しい声にふさわしい美しい姿の鳥がとまっておりました。わずかに茶色味がかった木の葉色の姿はじつにひかえめで好ましくありました。
梅は思いをよせるその方に声をかけることにいたしました。それはそれは覚悟のいることではありましたけれども、またいつお会いできるともかぎりません。ここから離れられない身であるならば、この機会をのがすわけにはまいりません。
「あの、もし」
鳥は歌うのをやめました。
「や、これは失礼いたした。梅の姫の眠りをさましてしまいましたか」
そうこたえる様もほどよくひかえめで、梅は思わず花の香りを強くしてしまいました。
「いいえ。とんでもございません。あなた様のおかげで、とても気持ちのよい夢を見させていただいておりました」
「ほう、それはようございました」
ほう、と息を吸われながら話される様も歌うように美しい声でございます。
「わたくしはウグイスと申す者。常には花の蜜などは食さぬゆえ、こうして梅の姫にお目にかかる機会もありませんでした。なれど、このところ、なんともいえぬ優しくやわらかな香りに呼ばれているような気がしており、こうしてまいりました」
梅はいとしい方の歌声が恋しいあまり、甘い香りをただよわせていたことを知りました。
「まぁ、なんとはしたないことをしてしまったのでしょう。おはずかしゅうございます」
「これはこれは、うれしいことを。秋には山へと帰りますが、それまでは梅の姫と共におりたいと思うが、いかが」
「ああ、まるで夢のようでございます。どうぞごゆるりとなされませ」
こうして梅とウグイスは春の初めから夏の終わりまでを共にすごすこととなりました。次の年もその次の年も同じようにすごしました。
いく年くりかえしても、梅はウグイスと会えたよろこびにうちふるえ、暖かくなる前には花の涙がこぼれてしまうのでありました。
ウグイスの方も梅の枝ぶりはなかなかにとまり心地がよく、歌などを口ずさみながらゆるゆると時をすごされました。
ウグイスは歌だけでなく、語る声も美しいのでありました。梅の話すことにもよく耳をかたむけました。そうして、うんうんとうなずきながら「ほう、それは結構」というのが口ぐせでございました。
八年ほどたったころでございましょうか。
その年は春のはじめになってもウグイスはやってきませんでした。
梅の花が満開になり、かぐわしい香りでよんでみてもあのよい声で返事はありません。
梅はさみしさと悲しさではらはらと花びらの涙を散らしました。
泣きすぎて花がすっかりなくなって、おてんとうさまがすっかり暖かくなってもウグイスはやってきませんでした。
やがて、梅の木は子をもうけました。花のあとにまあるい実がなったのであります。梅の実は、父さまによく似た美しいウグイス色をしておりました。
梅の木が「早くあの方にお伝えしたい」ともどかしい思いで梢をこすりあわせますと、梅の実たちも「父さまに早くお会いしたい」とふるふる揺れるのでありました。
今日も梅の木と梅の実はお山にむけて語りかけます。
「ほう、それは結構」
遠くのお山からウグイスの声が聞こえたような気がいたしました。