2023.03.24 「東海医科 v. A」 東京地裁令和4年(ワ)5905 ― 体外と体内の狭間、組み合わせの物と方法の狭間、医療と産業の狭間で ―
本稿は、東京地裁令和4年(ワ)5905 損害賠償請求事件を紹介し、この事件を題材に、「被告行為は、A剤とB剤を別々に投与するものだったとしても、『A剤とB剤を含有する組成物』をクレイムとする本件特許発明に係る特許権を侵害する」との主張に踏み込むための理屈を立てることは可能なのか、本件特許発明がどのようなクレイムであったなら、被告行為が特許権の侵害であると問える可能性を高めることができただろうかについての雑感を記したものである。
珈琲☕一杯分?の暇つぶしにいかがでしょうか。
※ なお、当記事は法的助言を与えるものではありません。全ての情報はその正確性と現在の適用可能性を再確認する必要があります。
1.事件の概要
本件(東京地裁令和4年(ワ)5905)は、発明の名称を「皮下組織および皮下脂肪組織増加促進用組成物」とする特許権(特許第5186050号)を有する原告(株式会社東海医科)が、美容医療を扱う医院を運営している被告Aが製造している血液豊胸を行うための薬剤が特許発明の技術的範囲に属すると主張して、民法709条及び特許法102条2項に基づき、被告Aに対して損害賠償を求めて東京地裁に提訴した事案である。
本件特許権の特許請求の範囲の請求項1、請求項4の記載は、以下のとおりである。
本件発明は、「各成分を含有する組成物」であることに注目してほしい。
※以下、「自己由来の血漿、塩基性線維芽細胞増殖因子(b-FGF)及び脂肪乳剤を含有してなることを特徴とする」との部分を「構成要件A」という。
種々の争点があったものの、東京地裁(民事第46部)は、被告が構成要件Aを充足する薬剤を製造したとは認められないから、その余の争点について判断するまでもなく、原告の請求には理由がないと結論づけて、原告の請求を棄却する判決を言い渡した。
原告の主張、被告の主張、裁判所の判断の一部を以下に抜粋する。
(1)原告の主張
原告は「『各成分を含有する組成物』を被告は製造していたでしょ!」と主張した。
(2)被告の主張
被告は、「『各成分を含有する組成物』を製造していません。各成分は別々に投与しています!」と反論した。
(3)裁判所の判断
裁判所は、「被告が『各成分を含有する組成物』を製造している証拠はないし、各成分は別々に投与しているので、侵害ではないね」と判断した。
2.コメント
議論を単純化するため、
本件特許発明を「A剤とB剤を含有する組成物」
被告行為を「A剤とB剤を患者に別々に投与する」
と便宜上表現する。
被告行為と本件特許発明の使用態様が、A剤とB剤を組み合わせて患者に投与することにより豊胸という効果を発揮させる点で共通していたとしても、「A剤とB剤を患者の体内に別々に投与する」行為自体は、「A剤とB剤を含有する組成物」である本件発明の技術的範囲には属さない。
なぜなら、特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならず(特許法70条1項)、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする(特許法70条2項)と定められており、現に特許請求の範囲に記載されておらず、明細書にも記載されていない「A剤とB剤を別々に投与する」行為についてまで「A剤とB剤を含有する組成物」とする特許発明の技術的範囲に含めるような拡大解釈をすることは許されないだろうからである(※本件明細書には、各成分を別々に投与することができる態様についての記載は一切ない)。
判決文によると、本件特許発明の技術的範囲の属否に関する争点において、原告は、「A剤とB剤を別々に投与しているとの被告の主張は虚偽であり、A剤とB剤を含有する組成物を製造している」旨の主張をしたにとどまる。
もし、原告が、「A剤とB剤を別々に投与する」行為自体について特許発明の技術的範囲に含まれるとの主張を展開していたとしたら、特許法70条1項及び2項の点から理屈に合わない強引な指し手であったように思える。
しかし、本件発明の本質が、A剤とB剤を組み合わせて患者に投与することにより豊胸という効果を発揮させることにあったと考えれば、A剤とB剤を混じり合わせる場所が体外か体内かの違いだけで侵害の成否が左右されてしまうのだとしたら、せっかく本件発明を生み出したのに極めてもったいないと誰もが思うのではないだろうか。
本稿は、本件を題材に、特許権の効力が及ぶ範囲としての体外・体内という境界線の問題や組み合わせクレイムの問題について改めて考察してみることは、本件のような組み合わせ投与に特徴がある発明の権利化や権利行使の限界を理解するために有用なのではないかと考え、以下の点についての雑感を述べるものである。
「被告行為は、A剤とB剤を別々に投与するものだったとしても、『A剤とB剤を含有する組成物』をクレイムとする本件特許発明に係る特許権を侵害する」との主張に踏み込むための理屈を立てることは可能なのだろうか、それとも無謀なのだろうか。
本件特許発明がどのようなクレイムであったなら、被告行為が特許権の侵害であると問える可能性を高めることができただろうか、それとも無理なのだろうか。
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