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はじめての闘犬

私が初めて犬とケンカしたのは、ちょうど私が浪人生をしていた18歳のときであった。そう、闘ったのは犬と私だ。
初めてケンカしたと言っても、39歳の現在まで二回目はまだ、ない。
地元の鹿児島で浪人生をしていた私は、予備校の勉強のあいまに、友人の“現王園”といつものように天文館公園に来ていた。
鹿児島には“園”の付く名字の人が多いが、彼もまた例外ではない。ちなみに私の名字は時任なので、園はつかない。

天文館は鹿児島で一番の繁華街だが、そのアーケードを抜けた先に天文館公園がある。明け方まで飲み続け、行き場を失った酔っぱらいたちが、この公園で始発を待つ。
昼間は散歩の人たちやスケボーの少年たち、それから子供と遊ぶ若い夫婦の姿がある。
南国の、少し強めの日差しと、それを吸収してくれる芝生のおかげで、ここなら誰もが穏やかに過すことができる。

私と現王園は勉強のストレスを発散するためだったか、予備校の机にカバンを置いたまま公園でサッカーボールを蹴りあっていた。

200メールくらい離れた向こうの、林の切れた角から、黒い大きな塊がゆっくりとこっちに向かってくるのが見える。
「ボブ~!」と遠くで呼ぶ声。女の人の声だ。
「あー、あの犬ボブって言うんだ」と、なんとなく気にしながら、私と現王園はボールを蹴りあう。

そう、黒い塊とは犬である。
黒い犬といっても、茶色がかった黒っぽい焦げ茶色の、いかにも固そうな毛と、分厚い筋肉で覆われた大型犬だ。
だが、この犬はただの大型犬ではない。
この犬は闘犬ランク世界第二位の父親の血を引き継いだ闘犬の中の闘犬で、天文館でラウンジを経営するママに飼われている。ママは血統書をもっているという話だ。

なぜだろう、わからない。なぜそんな血筋のハッキリしたマジの闘犬を昼間の公園に野放しになんかするのだろう。

なぜだろう?わからない。
犬を飼ってる人たちは公園に来るとすぐ放し飼いにしようとするが、飼い主が呼んでも犬は寄ってこないじゃないか。

この犬だって同じだ。

飼い主のところのお嬢さんに名前を呼ばれたって、例えお嬢さんが悲鳴をあげたって、犬は振り向かない。

犬に何故かと尋ねてみたら、きっとこう返すだろう。
「だってボール遊びがとーっても楽しいんだもん!!」


私が現王園にボールを蹴る。
現王園が私へボールを蹴り返す。
私がまたボールを蹴る。
現王園の足元から私の方へ、ボールがくる。
ボブもくる。
今度は私がボールを蹴る。
ボブも行く。
現王園がボールを蹴る。
ボブがボール、じゃなくて私の方を追いかける。
なんで?私は逃げる。

ボブの顔・図体・色・呼吸・ずっと口から出てる舌・ヨダレ!!

あまりの怖さに身の危険を感じた私は、VANSのスニーカーを履いた右足をボブの顔目掛けて振りおろす。

「バン!」

ぶ厚いスニーカーの底を貫いて、硬く、重い、ボブの顔面を私は感じた。
小学生のころふざけて公園のゴリラの銅像を蹴った時と同じ感触だ。

私は逃げる。
私がまたボブの顔を蹴る。

「バキッ」

その時、一瞬だけボブの動きが止まった。
ヤバい…、遊びじゃなくなってる。

私じゃなくてボブが!!!

遠くの方では飼い主ところのお嬢さんが悲鳴をあげ、こっちに走ってくる。「キャー!!」

「ウウウウ…」と低い声で唸り声をだし、本気になり始めたボブと私の間に、間一髪、お嬢さんが割って入ってボブを止めてくれた。

私はその隙に公園の変な形のモニュメントに登って命拾いをすることができた。

変なモニュメントを作った人よありがとう。

初めてこのモニュメントが良いものだと思ったよ。


平和な公園で犬とケンカなんかするもんじゃない。