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経営支援の思考法1.知識と思考

 centiped という英単語に接したとき、みなさんは次のどのタイプでしょうか。
  A かつて覚えたから知っている
  B かつて覚えた記憶はあるけれど忘れた
  C 初めて見る単語だから調べなければわからない
  D 初めて見る単語だけれど、たぶん〇〇〇だろう
 知識というのは厄介なものです。いくら覚えても、次から次へと新しい知識が登場します。しかも使っていないと、どんどん忘れていってしまいます。量という観点では、コンピュータに勝ることはできません。上の例でAだった人も、たまたま知っている単語に遭遇しただけで、知らない単語は山ほどあるでしょうし、忘れてしまえばBになってしまいます。英単語なら辞書で簡単に調べることもできますが、辞書のない知識だってたくさんあります。
 ではDの人は、初めて見るのに、そして調べもしないのに、なぜ推察できるのでしょうか。おそらくは次のように考えたはずです:cent(百)+ped(足)だから、centiped はたぶんムカデやゲジゲジの類ではないか。つまり知っている知識を使って考えたのです。この場合の思考法は『アルファベットをブロックとして見る』です。(余談ですが、マニキュアは手の爪装飾で、足の爪装飾がペディキュアなのは、manu は手を意味し、ped は足を意味するからです。)
 同じようにすれば、concentrate は、con(withを意味する接頭語)+centre(中心)+ate(動詞化する接尾語)と3つの知識があれば『中心に集める』と推察できます。そういえば日本語でも『集中する』、つまり中心に集める、でしたね。
 もし何も考えずに辞書を引いてしまったなら、意味はわかっても、このような理解をすることはなかったでしょう。知識を使うからこそ、深い理解や新しい知見を得ることができるのです。もちろん基礎となる知識の習得は必要です。しかし覚えておくだけではあまり役に立たず、使い方によって知識の威力は大きく変化するのです。

 次の例はいかがでしょうか。ファブレス製造は、自社で企画、開発、設計し、製造は外注企業に委託する仕組みです。

ファブレス製造

 製造は外注企業だとしても、自社名で顧客に提供するのですから、外注先の選定や発注する仕様の明確化、品質あるいは納期などの外注管理がきわめて重要になります。商品加工を外注先に委託していた某ファーストフードチェーンが、外注先のずさんな品質管理により顧客に迷惑をかけた事件は記憶に新しいところです。
 ところで、システムインテグレータやイベント会社でも同じ図になる(図中の言葉は若干異なりますが)ことにお気づきでしょうか。それゆえ、それぞれ業界特有の要素はあるとしても、これらの企業でもファブレス製造と同じことが言えますね。
 この例では、ファブレス製造についての知識が、同じプロセスをもつ他業種でも役立っています。この思考法は『プロセスを構造化する』です。(じつはアルファベットをブロックで見るのも構造化でした。)

 スキルアップのためには、知識学習だけではなく、知識の使い方(思考法)を修得することが必要です。

  • 知識をバラバラに記憶するのではなく構造化すること(知識間の関係を把握すること:con- はwithを意味する接頭語、-ate は動詞化する接尾語など、ファブレス製造ではなぜ外注管理などが重要かを理解すること)

  • 対象を構造化すること(アルファベットをブロックで見る、企業活動のプロセスを図解する)


思考法とその要素

 〇〇思考という言葉は(使用する目的によって)数多くありますが、大別すると論理思考と弁証法思考になります。しかしその前に思考する対象を明確にすることが必要です。なぜなら現実の世界は多くの要素が複雑に絡まりあっているため、思考が堂々巡りしたり、行き詰まってしまったりする可能性があるからです。そこで本質的な対象に限定して思考を進めていき、付随的要素は次のステップで考えていくのが合理的といえるでしょう。そのような「思考の対象となる本質的な対象」をモデルといいます。

思考法の構造

 現実をモデル化するためには、2つの要素が必要です。抽象化は、本質的な要素を取り出し、付随的な要素を削り落とすことです。さらに、その本質的要素間の関係を明らかにすることが構造化です(モデルは図解されるとわかりやすくなります)。
 たとえば「企業の生態学4.ビジネスモデルの考え方」で説明したように、収益モデルを考えるときに、決済方法はどうするのか、プロモーションはどうするのか、などは付随的要素でした。まず収益モデルを検討して決定してから、それにふさわしい決済方法やプロモーション方法を考えていくのが合理的なわけです。また上掲のファブレス製造の図も、ファブレス製造をもっとも簡単にモデル化したものです。あるいは企業の財務諸表も、経営実態を財務の視点からモデル化したものです。そこには、いろいろな勘定科目という要素が、構造化されて並んでいます。さらに総勘定元帳は、取引実態のモデルといってもいいでしょう。もし会議中に意見が対立したとするなら、それぞれの主張内容だけではなく、その目的や状況などをモデル化することが先決です。

 論理思考は、「Aが成り立つならば、Bも成り立つ」(「A⇒B」と表記)という形式の連鎖です。これを命題といいますが、命題の真偽を確認するのが推論です。数学の命題なら証明されることで真であることが確認されますが、そのような厳密性をもつのは数学くらいのものでしょう。そのほかの自然科学にしてもビジネスにしても、多くの実験や事例により(今のところ)真であるといっていいだろう、という解釈です。ですから、とくにビジネスにおける推論は、厳密性ではなく、合理性が要求されることになります。しかし次は、数学であっても、ビジネスであってもつねに成立します。
(推移率)「A⇒Bが真」かつ「B⇒Cが真」であれば「A⇒Cも真」
これが三段論法といわれるもので、論理思考の基本です。このようにして、A⇒B⇒C⇒・・・⇒X というように推論して、Xという結論に至ります。
 それゆえ論理思考は、合理的であり強い説得力をもつことになります。
 しかし「論理思考には限界がある」や「弁証法思考 ~理解を深めて新しい価値を生み出す思考法」で解説したように、論理思考だけでは限界があるのです。その要点は次です。

  •  基本前提である「Aが成り立つ」かどうかを確認することはできません。そのため「Aが成り立つことを認めれば」という形式で一つの論理体系が生み出されます。もし別な基本前提「aが成り立つ」ことを認めれば、別の論理体系が生み出されます。それは別な世界なのです。たとえば「商品を売ったら、買った人から代金をもらって利益を生み出す」という基本前提から出発すれば、直販モデルまたは流通モデルしか発想できないでしょう。この基本前提から三者間取引モデルの発想は出てこないのです。

  •  基本前提が同じなら、だれが推論しても同じ結論に至るのが論理思考の強みです。それゆえ説得力があるわけです。しかしビジネスにおいては、差別化できないという致命的なことでもあります。

 限界があるからといって、論理思考が役に立たないわけではありません。分析や分類、網羅性あるリストアップ、合理的計画立案、文書の内容構成など、合理性や説得力が必要な場面で、論理思考は強大な力を発揮します。

 他方の弁証法思考は、対立する2つの命題から、対立を解消する第3の命題を生み出す思考法です。

弁証法思考のフレーム

上図のように、正命題と反命題は対立しているのですから、このレベルで対立解消を図ることはできません。しかし高いレベルまで持ち上げること(アウフヘーベン)で、両者の対立を解消する第3の命題(合命題)を生み出す手法です。たとえばミュージシャンはCDを売りたい。でも顧客は同じCDは一枚買えば十分だろう(正命題)。これからの人口減少や少子高齢化、競争の激化などを考えると、販売枚数は減少せざるを得ない。さて、ここからです。論理思考なら、販路開拓(たとえば海外進出)するか、グッヅ販売を強化して減少する売上を補填するか、と進んでいくでしょう。ところが弁証法思考では「一人が同じCDを10枚も20枚も買ってくれるにはどうしたらいいか」(反命題)と考えます。それなら顧客数が減っても販売枚数は増えますからね。論理思考だけで考えれば、そんな夢物語はあり得ない、と却下することでしょう。それでも、この反命題を真剣に検討するのが弁証法思考です。「なぜ1枚で十分なのか」「そりゃ同じものを何枚も持っていたってムダじゃないか」「それなら1枚だけ持っているのと、10枚持っているのとでは、何かが違えばいいんじゃないか」「何が違うというんだ」「たとえばさ、1枚の人は握手1回、10枚の人は握手10回できたらどうだ」・・・などと進み「CD1枚ずつに握手券を付けよう」という合命題に至るのが弁証法思考です。
 このように弁証法思考は、まったく新しい発想を生み出す力をもっています。したがって、解決策を考案するなどの創造性や差別化が必要な局面で、甚大な威力を発揮します。(弁証法思考のさまざまな使い方や事例などは「弁証法思考 ~理解を深めて新しい価値を生み出す思考法」をお読みください。)
 
 話を冒頭の centiped に戻しましょう。英単語は「単語帳や単語カードを作って何回も書いたり発音して覚えるものだ」という命題に対して、「もっと楽な方法はないのか」という反命題を真剣に検討した人が獲得した方法です。最小の知識量で多くの成果をあげられる仕組みをご理解いただけましたか?

 最後に一つだけ投げかけておきましょう。
 「経営支援は経験がものをいう」という正命題に対して、「経験が少なくても大きな成果を得る」という反命題を提示しておきます。あなたなら、どのような合命題に至りますか? (経営支援という言葉は、ビジネスという言葉に置き換えても構いません。)


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