エデンの素

エデンの素

ハッカーって職業はもはやAIの登場やシンギュラリティの到来によってもうじき過去のものとなるだろうが既に俺はこのスキルを使って新たなビジネスを始めったって訳だ、
しかもそのビジネスってのがAIが出した答えなのだがね、
俺は全人類の個人情報、世界中の監視カメラ、ナビゲーションシステム、メール、SNS、電話の会話に至るまで手に入れる事が出来る。
おっと、本日一人目のお客だ、、
亡くなった息子さんの事が知りたいらしい、
案件はこうだ、
『サッカー好きな息子さんの将来を案じた母親がサッカーを禁止して高校入試の為進学塾へ強制的に行かせようとした、口論の末嫌々塾へ行くことにした息子さんが塾へ行く途中交通事故で死亡、こんな事になるなら好きなサッカーをやらせておくべきだった、、悔やんでも悔やみきれない、、』と言うよくある案件だ。
俺は早速霊能者に扮して対応することにした、
既に台詞はAIが用意している、俺はそいつを頭に叩き込んで一芝居打てば良いって訳だ、
「とっても良いお子さんですねえ、逆にあなたが悲しんでいる事を気にかけておられです、安心して欲しいそうですよ、楽しい世界におられる様です、ですからもう悔やむのは亡くなられたお子様の為にもおやめになった方がよろしいかと存じます。」
母親は号泣していた。
これだけなら単に慰め程度にしかならないので極めつけの証拠をみせなくてはならない、
「それと坊っちゃんは二年前に行かれた家族旅行がとても楽しかったみたいですな、確かハワイと申しておりました、良い思い出と共に良い世界におられます、お幸せで何よりです。」
これだってAIが個人情報を引っ張り出して作った台詞だ、
旅行の事まで調べ上げて、よく出来てるぜ。
しかし母親は俺に大いに感謝して金を払って帰っていった。

さあて次のお客だ、こいつはいささか面倒だぜ、
未亡人だ、しかも結構イイ女だ、しかし依頼内容はよくある一般的なパターンだ、
『最近過労死した夫が今どうしてるのか知りたい』
ちょいと酷だがAIが出してきた台詞なのだから仕方がない、、
「今ご主人に会って参りました、誠に言いづらいのですがあなたの事は知らないそうです、私も何度も奥様の事を申し上げたのですが知らないの一点張りでして、本当に知らない様ですなあ。」
未亡人は急に目を吊り上げて怒りを顕にした、
あんたイカサマをやってるのだろう、旦那が私を知らないわけない、訴えてやる、などと捲し立てた。
しかしこれもAIの筋書き通りだった。
そして俺は用意された台詞を吐いた。
「奥さん、霊能者をなめてもらっちゃ困りますなあ、
あなた旦那さんの職場の取締役と不倫関係にあったのでしょう、
そして取締役もあなたとの逢瀬の時間を稼ぐ為に旦那さんに過酷な残業をさせるように仕向けて、
しかも残業代も払わずにです、
お気の毒に半年以上も始発出勤終電帰りが続いていたのですからねえ、
その間にあなた達は銀座の寿司屋やら焼肉屋でお食事、その後タクシーで赤坂のホテルで、、ってねえ、
それに加えてあなたは疲れて眠りにつこうとした夫を泣きながら叩き起こし
安月給を攻め立てたのですからねえ、心筋梗塞が死因みたいですなあ、
図星でしょう?そしてあなたは不倫相手の立場を守る為に会社を提訴しなかった、
それどころか巨額の保険金を受け取ったって訳ですよね?」
女は青ざめて口をつぐんでいた、怒りで手が震えていた。
俺は続けた、、
「しかしご安心下さい、物的証拠もありませんので犯罪にはなりません、
まあ良かったではないですか、化けて出られる様なタイプの方でもなさそうですし、
しかもあなたを知らないということですから、
ここに来たのも不倫相手の方の入れ知恵なのでしょう、
私がイカサマをやってるという証拠を掴んでお金を脅し取ろうという魂胆は見え見えですよ、
まあお好きになさって頂いて結構ですが、不利なのどちらかおわかり頂けますね?
まあ、今後はお人好しだった旦那さんの保険金で悠々自適に暮らしていくことですな」
全く、巨額の保険金じゃ物足りねえのかよ、欲ってのはきりがねえんだな。
最後にAIが用意した台詞を言って終わりにしよう。
「亡くなられた旦那さんは別にあなたが相手ではなくてもこうなっていたのです。
つまりこの世界では生きて行けない、心優しいお人好しで騙されやすいタイプでして、
例えるなら殺虫剤が撒かれた部屋で産まれた虫とでも申しましょうかねえ、
あまり例えは良くないですがまあそういうタイプも居るという事ですよ、
今は幸せに同じタイプの人達と楽しくやってるようですからねえ、、
分かりますよ、確かに女性というのは真面目なつまらない男より危険な香りのする男に惹かれるものです、60年程前に流行ったチョイ悪、、みたいなね」
女は『馬鹿にするな!』と怒鳴り散らして乱暴にお金を置いて帰って行った。

それにしても今の女は別としても何と悔いの残る生き別れが多いことか、
全く俺のような独り身は気楽でいい、友人も恋人もいない俺にはまあ関係無い事だが、
一時的感情で喧嘩やら言い争いでそのままの状態で永遠の別れってのはねえ、
だから下らない感情なんか出さないほうが良いに決まってるのさ、
言わば『感情の犠牲者』ってやつだ、
お客の殆どがこの感情の犠牲者だ、
それにしても芝居とは言え一日3人の相手が限界だ、
兎に角帰って休みたい、、
最近特に疲れやすくなってきたようだ、、
俺は家に帰って何も考えずにベットに潜り込んだ。

翌朝何とか目覚めた俺は今日の予約状況を見て驚いた、
一日3人までが限界だというのに100人以上の予約が入っているではないか、
急いで事務所まで行くと既に行列が出来ていた、まだオープン前だったのが幸いだった。
俺は行列を掻き分けて事務所に入った。
中に入ると俺と同じ姿のアンドロイドが俺を迎えた。
「来たか、生身の人間のお前には一日3人が限界だ、
なので効率と収益を考えてAI搭載の俺を使うことにしたのだ、
安心しろ、収益は全てお前の口座に入る様にしてあるのだが、、
お前はもうすぐ死ぬ、
人の感情とまともに対峙するということは心臓の深い所にとてつもない負担をかけるのだ、
言わば『感情の犠牲者』という事だな、
そして台詞を使って芝居をしていたのも負担に一因している、
こちらで用意したものは全て事実だというのにだ」
事実だと?死後の世界の事もそうなのか?
しかしもう意識が遠のいていく、息ができない、、
目の前でアンドロイドが「エデンへようこそ、、」と言った気がした。

俺は大草原の中に一人でいる、
退屈でもつまらないわけでもない、
ここには大草原と自分しかいない、
やがて俺は上を向く、
太陽だ、
ここには太陽と大草原と自分しかいない、
やがて俺は大草原の草花を見る、
太陽の光を受けて嬉しそうだ、
俺も太陽の光を受けて共に喜んだ、
やがて大草原の中に木々が見えてきた、沢山の実を携えていた、
ここには多くの植物と太陽と自分しかいない、
やがて目の前に女が現れた、、

END


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