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彼氏でもない、友達でもない

世の中に存在する関係性は、家族、恋人、友達、先輩後輩、推しの5つに分類することができるだろうか。
いや、できるわけない。
世の中に5つしか関係性がないはずがない。

兄弟でもなく、彼氏でもなく、友達でもなく、先輩後輩というほど堅苦しくなくて、推しっちゃ推しだけどアイドルオタクほどのエネルギーはない。
そういう人が私にはいた。

感覚的に一番近いのは「お兄ちゃん」だけど、血はつながってない。
普段は「ですます」を使って話すけど、酔っぱらうとたまにタメ口になる。
夜に二人で飲んでいても、一線を越えたことはない。
彼氏がいるときもやましさがなく堂々と会える。
外見も嫌いじゃないし人間的にも好きだけど抱かれたいとは思わない。
彼がいつか素敵な人と巡り会って結婚できたらいいなと心から願う。

そういう人が私にはいた。

こういう人のことを何と呼ぶのだろう。
もしかすると、この淡雪のように曖昧で繊細な関係にはまだ名前がついていないのかもしれない。

彼を初めて見たのは大学だった。
ゼミの説明会に登壇していた彼を見て、不思議な感覚を覚えた。
「なんかこの人気になる」
そう直感的に思った。

イケメンではなかった。
かっこよくてドキドキするという感じでもなかった。
ただ隣に来たときにふわっと香水が香って、
それが大学生がつけるような爽やかな香りじゃなくて、
むしろダンディーとエロが混ざったような重厚な香りで、
「こういう香水をつけるタイプね」と思った。
それが始まりだった。

彼の女性関係が恐ろしいことになっていると気づいたのは、彼のいるゼミに入ってもう少し仲良くなってからのことだった。
彼は彼女がいることも隠さず、
彼女以外の女の子が複数いることも隠さなかった。
不潔。
と、いつもだったら思うのに、そう思えなかったのは彼にその不潔さを上回る人間的な魅力があったからだと思う。
今でも当時の彼の行動は最低だと思うけど、
彼のことを嫌いになることはできなかった。

彼はイケメンではなかったけど、どこか中性的な魅力があって、
隣に座っておしゃべりしていると、リラックスして心がほぐれていくような不思議な感覚があった。
性欲オバケのくせに、ほのぼの系の漫画を読んで涙する恐ろしくピュアな心も持ち合わせている怪物のような人だった。

そういうチグハグな魅力というか、大人なんだか子供なんだか、肉食なんだか草食なんだかよく分からない、彼の迷宮に気がついたら迷い込んでいた。
彼のことが好きだった。
それも性的にではなく、人間的に。
彼女になりたいとか寝たいとかは1ミリも思わなかった。
ただ、彼という人間を観察し続けていたかった。
深堀りし続けていたかった。
迷宮の奥には何があるのか、確かめたかった。
それはもしかするとヒヨコよりも柔らかいホワッホワの何かなんじゃないかと思わせる力が彼にはあったし、
逆に迷宮の奥になんか何もないんじゃないかと不安にさせることもあった。

彼は私を妹のように可愛がってくれた。
よく飲みや遊びに連れて行ってくれた。
「うちにおいで」と言われて行ったら実家だったこともあった。
彼が私のことをゆくゆくはそういう女にしたいと思っていたのか、
あるいは私に一切の女としての魅力を感じていなかったのかは分からないが、彼が一線を越えてくることはなかった。
キスすらなかった。
彼は私に対して信じられないくらい潔癖だった。
ゼミ室でも飲み会でも大人しく私の隣に座り、そのわりには女の子たちとの際どい話をした。
私はそれを肯定も否定もせず、ただ私の隣に座りたがる子犬のような愛くるしさとエロダンディーな香りに免じて、彼の話を聞いていた。
二人きりで会ったことも何度もあるが、男女の雰囲気になったことはない。
最近のどうしようもない話(大体、性事情)を聞き流しながら、おいしいご飯をごちそうしてもらい、「本当にしょーもないですね」と口では言いながらどういうわけか心はトクトクとあたたかいもので満たされていった。
一緒にいるだけで。
そういう世にも奇妙な関係を二年くらい続けた。

新宿で飲んだ帰り道、雪が降りだしそうなほど冷え切った真冬の夜に彼は「不思議だな」と言った。
目の前には新宿のネオン街がキラキラ広がっていた。
「君と俺とは正反対すぎる」
それは間違いなく真理だった。
私と彼はあまりにも正反対すぎた。
性格も、恋愛観も、貞操観念も、人生観も、何もかもが違いすぎた。
本当だったら何も共感しあえなさそうな二人が、なぜか真冬の夜の新宿にぽつんと二人で立っていた。
「そうですね。私たち正反対ですね」
でも、好きでした。
正反対だけど、どうも好きでした。
最低な男だと思うのに、どうも嫌いになれませんでした。
憎めませんでした。
どうしてあれだけ不潔なことをしているのに、私の前では白いシャツよりも清廉潔白なのか分からないけど、
もしもそれが彼なりの愛だったのだとすると
この名前のない関係が生み出したそれは性愛よりも尊いと思いました。
「もうすぐ卒業ですね」
「そうだね」
「寂しくなるな」

彼が卒業したらきっとこの関係は続かないだろうなとは思っていたけど、やはり続かなかった。
それでいい。
別に彼氏だったわけでもないし。
会っても下世話な話ばっかだし。
社会人になって忙しいだろうし。
わざわざ休みの日に時間作って会うのもなんか違うし。

彼は二十歳そこそこの私が男性に抱いていた夢とかファンタジーとかをことごとくぶち壊して、私をドン引きさせ、呆れさせ、絶望させ、爆笑させた。
私の大学時代の思い出のベスト3に彼は入っていないけど、
でもきっと彼のいない大学生活はつまんなかったと思う。

どういうわけか正反対の私たちは出会い、同じ時間を過ごした。
恋愛とは違う次元で、ほんのひととき、心を寄せ合った。
それ自体が私にとっては奇跡のように尊い出来事で、
私と出会ってくれてありがとうと心の底から思っている。

どうかあのクズで最低で死ぬほど愛おしい人間味溢れるあなたであり続けてくれますように。



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