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二度目のニューヨーク

今回のテーマ:自己紹介

by 福島 千里

一度目のニューヨーク訪問は、大学卒業を目前に控えた2月だった。それまで東南アジアとアメリカ西海岸しか旅したことがなかった私は、かねてから「一度ぐらいニューヨークという場所を見ておきたい」と思っていた。加えてこの時期、ニューヨークへの旅費は一年で最も安くなる。厳冬で旅行者が少ない分、ホテルや航空運賃が割安になるのだ。学生だった私にとって、「安さ」は大きな魅力だった。

わずか1週間の滞在だったが、色々な意味で刺激的だった。映画や雑誌の中で見た高層ビル群は、実際にその谷間に立って見上げてみるとなんとも言えない圧迫感があった。道を歩けばとにかく雑多な人々とすれ違った。耳に飛び込んでくる英語は、やたらと訛りが強くてうまく聞き取れない。けれども、コーヒーを買った屋台の主人にしても、タクシーの運転手にしても、この街で出会った人々からは外国人への温かみが確かに感じられた。

旅の終わりに、かつてのワールド·トレード·センターにあった展望台に足を運んだ。107階から街をぐるりと見渡す。重々しいねずみ色の冬空のもとにギッチリと広がる街の景色に、不思議と心が弾んだことを今でも覚えている。そしてその四年後にこの街に移住することになるとは、この時の私は夢にも思っていなかった。

大学を卒業し、東京都内の小さな出版社に就職した私は、目まぐるしい日々を送っていた。さまざまな人々と出会い、出張を通じて非日常的体験ができる雑誌作りの仕事はこの上なく魅力的だった。けれども、入社2年目を迎えるころ、私の心は国外へ向き始めていた。土日も祝日もなく、出張と残業に明け暮れる毎日。”旅行ではなく、どこか遠い国で暮らしてみたい”。心身の疲れからか、生活そのものをリセットしたいと強く願うようになっていた。

そこでさっそくプランを立てた。暮らすなら英語圏が手っ取り早い。そして現地で学校に通おう。専攻は雑誌の仕事を通じてより関心が高まっていた写真学。行先は商業写真の中心地の1つ、ニューヨークがいいかなとぼんやりと思い浮かべた。一度訪れただけだが、なんとなく水が合うような気がしたからだ。資金には限りがあるから、留学期間は2年。卒業後に与えられる1年の実習研修期間と合わせて3年。すべてを終えたら、気持ちを入れ替えて日本に戻ってこよう。

一度ベクトルを定めたら、あとは前に進むだけだった。隙間時間を使って現地情報を集め、留学準備を着々と進めた。仕事と並行しての国外脱出準備だ。徹夜明けにTOEFL受験に挑み、試験中に寝落ちして受験料を無駄にしたこともあった。

そうして叶った二度目のニューヨーク。街は4年前と変わらぬ雑多さと温かさで私を迎え入れてくれた。学業は決して楽ではなかってけれど、行き詰まりを感じていた社会人時代とは比べ物にならないぐらいほど毎日が充実していた。幸い友人にも恵まれ、新しい生活に慣れた。もちろん、よいことばかりではなかった。同時多発テロ後直後の就職難や、運よく就労ビザも手にするも転職を余儀なくされたり、それなりの紆余曲折はいく度となくあった。

時は流れ、二度目のニューヨーク上陸日から23年が過ぎた。渡米前の留学プランは大きく変わり、今、私は永住権を取得し、日本とアメリカを繋ぐフリーランスのライター&フォトグラファーとして生きている。同じ場所に長居しすぎたなという感もあるし、日本を恋しいと思うこともしばしばだ。この先もこの地にさらに居続けるのか、いつか日本に帰国するのか、今はまだわからない。けれど、もうしばらくは自分と自分の大切な家族が望む場所に居続けることになりそうだ。


◆◆福島千里(ふくしま・ちさと)◆◆
1998年渡米。ライター&フォトグラファー。ニューヨーク州立大学写真科卒業後、「地球の歩き方ニューヨーク」など、ガイドブック各種で活動中。10年間のニューヨーク生活の後、都市とのほどよい距離感を求め燐州ニュージャージーへ。趣味は旅と料理と食べ歩き。園芸好きの夫と猫2匹暮らし


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