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ニューヨークの浦島太郎現象

今回のテーマ:慣用句・ことわざ
by 福島 千里

日本の義務教育でも大学受験に備えていくつか英語のことわざを覚えたけれど、実生活で使うチャンスはほぼないかな、と思う。それでも例外が1つある。

それが「光陰矢の如し(Time flies/ Time goes fast)」、だ。

私がニューヨーク・メトロエリア(ニューヨーク市とその近郊。私が暮らすニュージャージー州北部なども含まれる)に暮らして24年が過ぎた。ニューヨークは吹き溜まりの街だ。他州・他国から人がたどり着き、やがて去っていく。とてつもなく循環の速い街だ。そんな地域にそこそこ長く暮らしていると、友人知人を見送る機会もおのずと増える。時が流れ、かつて苦楽をともにした友人知人と久しぶりに再会する。以前とはちょっと異なる風貌・雰囲気となった姿を互いに認めながら、私たちは決まってこう言う。

Time flies!
(あっという間だね)

そういえば、まだニューヨークに来て間もない頃、大学生の私にしばしばちょっかいを出してくる女性がいた。名はアイコさん。苗字も年齢もわからない。優雅な雰囲気を醸しつつ、何かと謎が多い不思議な人だった。彼女とは大学の課外活動(写真のワークショップ)を通して知り合ったのだが、どうもニューヨークには20年以上暮らしている大先輩のようだった。私と彼女の共通点は、日本人であること、そして写真。この2点のみ。ワークショップに参加していた日本人は彼女と私だけで、基本言語は英語だったので、彼女とは日本語で話すことはなかった。

互いの会話といったほぼ写真に関することのみ。そんな彼女が海外生活若葉マークの私に対してこう言ったことがあった。

Don’t fool around. Time flies really fast here.
(時間を浪費しなさんな。ここでは時が経つのは本当にはやいからね)

その後、大学を卒業してからアイコさんとの音信はすっかり途絶えてしまったが、20年以上の時が流れ、あの時の言葉を最近よく噛み締めている。

年齢による極端な縛りが比較的希薄なアメリカでは、加齢の実感は湧きにくいと思う(少なくとも私は。事実、私も時々自分の実年齢を忘れてしまうことがある。決して物忘れが激しいわけではなく、おそらく日本にいる時のような「○歳だから無理」といった意識が日常的に強くないので、実年齢への認識が曖昧になっているのかもしれない)。

そこだけ聞くと、なんだか若作りとか若い心を保つ秘訣のようにも聞こえるが、むしろこれは危険なのだ。生活年齢を意識しなくても、時間は過ぎていく。それゆえに、ふとある時突然気がつかされるのだ。自分は実はこの年だったのだと。私はこれを海外生活におけるある種の“浦島太郎現象”だと勝手に思っている。

時間は万人に平等で、光のごとく過ぎていく。
ニューヨークという街は魔物だ。
誘惑が何かと多いが、目的を達成するならぼんやりしている時間はない。
だから、1日1日を大切に、しっかりと生きよ、と。

アイコさんの言葉は、長い海外生活から彼女自身が得たものであり、先人としての親切な忠告だったのだと思う。不思議アイコさんとはもう何年も会っていないが、今もお元気だろうか。いつか機会があれば、また一緒に写真談義に花を咲かせたいなと思う。

📷:トップ写真は2016年のNoHOにて。


◆◆福島千里(ふくしま・ちさと)◆◆
1998年渡米。ライター&フォトグラファー。ニューヨーク州立大学写真科卒業後、「地球の歩き方ニューヨーク」など、ガイドブック各種で活動中。10年間のニューヨーク生活の後、都市とのほどよい距離感を求め燐州ニュージャージーへ。趣味は旅と料理と食べ歩き。園芸好きの夫と猫2匹暮らし


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