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レディーファースト

今回のテーマ:マナー
by らうす・こんぶ


ニューヨークに住むようになって初めの頃に感じたカルチャーショックは、

”レディーファースト”って死語じゃなかったんだ!

だった。

エレベーターを降りるとき、ドアの近くにいる人から先に降りるだろうと思って待っていたら、後ろにいた人(日本人の知人)に軽く小突かれた。早く降りろということだ。私の常識ではドア近くにいる人から順に降りた方が合理的なのだが、この時はどうやらドア付近にいた男性は、レディーファーストで私を先に降ろしてくれようとしていたらしい。そして、私の背後にいた知人の男性は駐在員でニューヨークのマナーにも精通していたので、どんくさい私にサインを送ってくれたのだ。

また、別の知人は英国紳士。お宅にお邪魔すると脱いだコートを受け取ってハンガーにかけてクローゼットに入れてくれ、帰りはコートを後ろから着せてくれる。淑女ならこういうことを自然にスマートにやってもらうのだろう。バーバリのコートならそれもカッコつくけど、ユニクロのカジュアルコートじゃあ、レディーファーストもオーバークオリファイというものだろう。

私はこういうの苦手。ボーイフレンドでもない男性にすぐ後ろに立たれるというのも好きじゃないので、帰りはコートを受け取って自分で羽織ることもあった。ただ、それも頑なで失礼かなと思ったので、素直に羽織らせてもらうようにしていたけれど。でも、本音はやっぱりこういうの好きじゃない。私は淑女じゃなくて庶民なので。

社交界にデビューするとか、舞踏会でワルツを踊る、なんていう機会がある人はこういうマナーを身につけた方が素敵だと思うけれど、私には似合わんな。踊るとしてもボリウッドダンスだし。

私がレディーファーストが好きじゃない理由は、親切な振る舞いは相手がそれを必要としている場合にすればいい、と思うからだ。重いスーツケースを持って駅の階段をフーフー言いながら昇っているときに、「持ちましょうか」と言ってスーツケースを運んでくれる人がいたら目がハートになるだろう。電車の中で気分が悪くなったとき、それに気づいた人が席を譲ってくれたら後光がさして見えるだろう。

だけど、エレベーターを降りるときは、先に降りようが後から降りようが、そんなことはどーでもいいし、腕を骨折してひとりでコートが着られないような状態じゃなかったら、コートくらいひとりで着るのに何の不都合もない。

電車の中で気分が悪そうにしている人がいたら、それがたとえ屈強な男性でも席を譲るだろうし、逆に、元気でかくしゃくとしていて、席を譲ろうものなら「年寄り扱いするな💢」と怒鳴るような年寄りは立たせておきゃいいのよ。

アメリカでは人を雇うとき、性別、年齢、国籍(あと何だったっけ、宗教だったかな)で差別してはいけないことになっている。その仕事やポジションに必要な能力を備えているかどうか、だけが問われる。そういう国でレディーファーストがまだ残っているというのもなんだか不思議な気がする。




らうす・こんぶ/仕事は日本語を教えたり、日本語で書いたりすること。21年間のニューヨーク生活に終止符を打ち、東京在住。やっぱり日本語で話したり、書いたり、読んだり、考えたりするのがいちばん気持ちいいので、これからはもっと日本語と深く関わっていきたい。

らうす・こんぶのnote:

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