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国籍をめぐるモヤモヤ

今回のテーマ:国籍

by 萩原久代

 20年ほど前、友人が米国市民権を取得したばかりの頃に「これで僕の持つパスポートは3つになった」と自慢していた。母国のイスラエル、奥さんの出身国のフランス、そして市民権を得た米国、合計3つの旅券だった。「うわあ、ジェームス・ボンドみたいじゃない。」と、からかって笑ったことがある。

 日本人の私にこの技は真似できない。日本の国籍法11条1項「日本国民は、自己の志望によって外国の国籍を取得した時は、日本の国籍を失う」があるためだ。この条項が違憲であり無効だと訴訟(注1)を提起して戦っている海外在留邦人らがいるが、重国籍を認めない日本のスタンスは簡単にゆるぎそうもない。

 ただ、出生地主義の国(例えば米国)で生まれた日本人の子供は、その国と日本の両方の国籍を大人になるまで保持できる。が、20歳でどちらかを選択をしなければならない。日本生まれの私の場合、米国籍を取得するのは自分の意志だから、取得した時点で日本国籍を喪失したとみなされる。生まれ育った国の国籍を勝手に喪失させられるのは、自分のアイデンティの一部を剥奪されるみたいだ。だからずっと躊躇している。

 でも、米国籍取得後に日本国籍の喪失届けを日本大使館・総領事館に提出しない限り、日本国籍の記録を自動喪失させるメカニズムはないようだ。また、届け出義務の違反に対する処罰はないそうである。つまり黙って重国籍をしばらく続けることは可能なようだ。が、合法的でないからヒヤヒヤしそうだ。

 米国に長く住んできた私としては、米国籍があれば便利だと思う。10年ごとのグリーンカード(永住権)更新は面倒だし、1年以上米国を離れるとグリーンカード喪失の危惧もあり、その保持条件だっていつ変わるかわからないといった不安もある。また、米国で選挙権を得ることも重要な考慮点だ。

 外交官や政治家といった国益や国防に関わる仕事をする日本人には重国籍を認めない、といった規則ならよく分かる。しかし全国民が対象になるのは、今の時代に本当に必要なのか。そうは言っても国籍法11条1項がある限り日本国籍を失うのが前提だ。そこまでして米国国籍取得するか。うーん、どうだろう。このモヤモヤを抱えて20年が経つ。

 日本のように重国籍を認めない国は世界にはけっこうある。ウィキペディアによると、中国、シンガポール、インド、タイ、インドネシアなどアジア諸国、それにサウジアラビア、オマーン、カタール、アラブ首長国連邦など中東諸国には多い。一方、世界には一定条件で重国籍を認める国のほうが実はもっと多い。近年、韓国やフィリピンなどは認める方向に動いた。

 外務省統計(2021年10月時点)によると海外在留邦人総数は134万4,900人だった。前年より1万2,824人減少で、コロナウイルス感染拡大の影響を受けた結果だと説明されている。総数のうち「永住者」は53万7,662人で、前年より約1.5%の増加だった。けっこういるではないか。モヤモヤを抱える私のような人もいることだろう。

 モヤモヤが消える日はくるだろうか。前述の訴訟に対する東京地裁の判決(却下・棄却)を見る限り、かなり絶望的になる。

(注1: 原告らの控訴審はまだ続いている。参考http://yumejitsu.net)
(注2: 写真出典元/国立印刷局


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萩原久代
ニューヨーク市で1990年から2年間大学院に通い、1995年からマンハッタンに住む。長いサラリーマン生活を経て、調査や翻訳分野の仕事を中心にのんびりと自由業を続けている。2010年からニューヨークを本拠にしながらも、冬は暖かい香港、夏は涼しい欧州で過ごす渡り鳥の生活をしている。コロナでそのリズムが狂ってなかなか飛べない渡り鳥となっている。


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