見出し画像

冬暑く、夏寒いニューヨークっ!

今回のテーマ:あなたの知らないニューヨーク

by  らうす・こんぶ

楽しいことも面白いこともたくさんあったニューヨーク暮らしの中で、私が年中文句を言っていたのが冷暖房の温度設定だった。夏になるとセーター着て「なんでこんなに寒いの?!」と震え、冬になると汗をかきながら「なんでこんなに暑いのさっ」と。

東京では夏は冷房、冬は暖房が必要だが、春と秋、年間数ヶ月間は冷房も暖房も必要なく、自然が与えてくれる穏やかな気候を楽しむことができる。少しくらい暑かったり寒かったりしても、窓を開けたり閉めたり、重ね着したりして温度調節すればすむ。

だが、ニューヨークは違う。春になってやっと暖房がいらなくなったと思うと、すぐさま地下鉄の車両に冷房が入る。昨日までお尻の下がポカポカしていたのに、今日は冷房が入ってひんやりするのである。うっそ〜、まだ、みんなコートやジャケットを着ていて、Tシャツ着て汗かいている人なんかひとりもいないよ〜。

私の日本人感覚ではこれが全く理解できない。おそらく冷暖房を入れる気温というものが決まっていて、それに従って空調を調整しているのだろうと思うけれど、常に冷房か暖房、どちらか入っているのだ。エネルギーの無駄遣いも甚だしい。私はいつもこれにブンブン怒っていた。

マンハッタンのパブリックスペースで日本語を教えることが多かったが、ここは夏は死ぬほど冷房がきつくて、ドアを開けた途端に中からビュービュー冷気が襲って来た。寒くてとても半そでのTシャツなんかじゃいられないから、いつもウールのセーターを持って行った。こんなところに30分もいたら体が弱い人やお年寄りは体調を崩してしまうだろう。ニューヨークというところは真夏にセーターが必要なのだ。

ところが冬になってアパートに暖房が入ると、今度は暖房が効きすぎて、部屋の中でセーターなんか着ていられなくなり、半そで、短パンで過ごすことも珍しくない。部屋の中で汗をかくことさえある。

ニューヨークのアパートはセントラルヒーティングで、戸別に温度調節ができないことが多いので、アパートビルの大きさや古さ、空調設備の古さや良し悪し、階数などによって暖房の効き方が違う。アパートによっては暑すぎたり、逆に寒すぎたりということも起こる。小さいアパートビルの場合は、下の階の住人は寒すぎると言い、熱い空気が上ってくる上の階の住人は暑すぎると言って揉めることもある。

暖房が通っている壁の隣の部屋に住んでいたが、あまりに暑すぎて部屋にいられないと引っ越した人もいるし、温度を下げられないから真冬に窓を開けているということも。真冬のニューヨークのアパートの中は真夏より暑いというジョーダンみたいなことがしばしば起こる。ひどいときには、暖房が暑すぎて冷房を入れる、なんて笑えないことも起こる。

逆に大家がケチだと、暖房費をケチってなかなか暖房を入れないということも起きる。ニューヨーク市には、外気が華氏55度(摂氏13度)を下回ったら、室内は日中は華氏68度(摂氏20度)、夜間は62度(摂氏17度)以上に保たなければならないという決まりがあるが、これに違反する大家は少なくない。

私が帰国するまで9年間住んでいたアパートの大家(”さん”なんてつけるもんか!)も普段は気がいい人だが、暖房に関してはドケチで、暖房を巡って大家と言い争うのは私の冬の恒例行事だった。何度も電話で「暖房入れてくれ」と訴えると、そのうち大家は電話に出なくなり、やがて留守電メッセージも入れることができなくなり、最後は「この電話番号が正しいと思う場合はまた掛け直してください」という録音メッセージが流れるようになる。

そこで、今度はスマホのその日の気温のスクショと一緒に、「今朝の気温は43度です。55度をはるかに下回っているので暖房を入れてください」とテキストメールを送ることもあった。これには「気温が43度なのに大家は暖房を入れなかった」という証拠を残す意味もある。身を守るために、ニューヨーク生活では”証拠を残すこと”が必要な場合が多々あるのだ。日本ではまず考えられないことだけれど。

ある時は、私や他の住人が何度も苦情を言ったので、大家が根負けして暖房を入れてくれた。ニューヨークの古いアパートのセントラルヒーティングは、暖房が入ってパイプにお湯が供給されると、カンカンカンという音がして、それからやかんのお湯が沸いたようなシューシューという音がする。すると頃合いを見計らって大家が私のアパートをノックして、「どうだい。暖房は入ったかい」と聞く。私が、満面の笑みを浮かべて、「ありがという。カンカンいう音が聞こえるから暖房が入ったみたい」と答える。大家が帰ってしばらくするとその音は消え、部屋に冷気が忍び込んでくる。つまり、

大家は暖房を入れたことを私に確認させた直後に、暖房を切って帰っていったのだ😤

私は何度かこの手で騙された。

ほかの住人とも協力して大家に対抗したが、それでもらちがあかないので、ニューヨーク市の苦情処理番号に電話してチクってやったこともある。こうしたトラブルがとぉっても多いので、ニューヨーク市には苦情を申し立てすることができる電話サービスがある。電話をすると、数時間以内に市から大家に連絡が行く。匿名で電話することもできるが、逃げも隠れもしたくなかった私は市のクレーム処理係に名前と電話番号を告げたので、大家が血相変えて怒鳴り込んで来たこともあった。すぐに改善しないと大家がブラックリストに載るとか、罰金を科せられるとかするのだろう。

一日中大家と暖房を巡って言い争いをしてもストレスが溜まるだけなので、電気ストーブを買い、それでも寒いときはコートを着て膝にストールをかけて悴む手をさすりながら仕事をすることもあった。さすがに昼間でも気温が零下に下がると暖房が入るので、私は寒い日を心待ちにしていた。帰国したので、もうあのドケチ大家と不毛な言い合いをしなくてすむと思うと、精神の健康を保てるってもんである。

大家の文句をつい熱く語ってしまった。ときを戻そう。

ニューヨークには大きい人も小さい人も、太った人も痩せた人も、北の国から来た人も南の国から来た人もいるので、電車やビルの温度を何度に設定したらいいかというのは難しい問題だ。この点は日本とは大きく違う。それでも、やっぱり、夏にセーター、冬に汗かきながら半そで短パンというのはどうかと思うし、たとえ短くても、春や秋の穏やかな気候や季節感を楽しまないのは無粋にもほどがある。

ニューヨークのあの雑な冷暖房の温度設定を思うにつけ、枕草子の「春はあけぼの〜」の冒頭部分を、たとえものすごく優れた翻訳家が英語に翻訳したとしても、清少納言の季節を愛でる心は、この国の人には理解しもらえないのではないかと思ってしまうのだ。



らうす・こんぶ/仕事は日本語を教えたり、日本語で書いたりすること。21年間のニューヨーク生活に終止符を打ち、東京在住。やっぱり日本語で話したり、書いたり、読んだり、考えたりするのがいちばん気持ちいいので、これからはもっと日本語と深く関わっていきたい。

らうす・こんぶのnote: 

昼間でも聴ける深夜放送"KombuRadio"
「ことば」、「農業」、「これからの生き方」をテーマとしたカジュアルに考えを交換し合うためのプラットフォームです。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?