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川になる

今回のテーマ:ハドソンリバーとイーストリバー

by 河野 洋

川の字になって寝る。家族であれば、親子水入らずの仲睦まじい光景だ。そんな構図がマンハッタンの地図でも見ることができる。左からハドソン川、マンハッタン、そしてイースト川である。

ハドソン川と言えば、思い起こすのが、2009年1月に起きた飛行機不時着水事故である。川が滑走路になる。これまでの一般常識を覆す機長の咄嗟の決断だったが、おかげで乗員乗客は全員一命をとりとめた。こうした窮地に迫られた際の判断力、そして、それを実現させてしまうのがニューヨークの魔力という気がしなくもない。自由の女神も海路を経てやってきた移民は数多く見てきたはずだが、この時ばかりは空からの珍客に、きっと度肝を抜かれていただろう。

一方、イースト川と言えば思い出すのが、なぜか日本の国民的スター美空ひばりさんが歌った名曲「川の流れのように」である。作詞は秋元康氏によるものだが、この川が海を渡って日本にもつながっているという思いが秘められていたように、海は世界をつなぎ、空は1つの大きな傘で世界を覆っている。我々は1つの共同生命体なのだ。

以前はマンハッタンの対岸ニュージャージーに住んでいたので、ハドソン川はリンカーン/ハドソン・トンネル、ジョージワシントン橋、時にフェリーで数えきれないほど渡った。同橋は歩いて渡ったこともあるし、バスや車も利用した。歩くと、その長さを体感できるし、橋の上から見下ろすと、その高さと大きさに足がすくむ。そんな大きな川だが、寒さに耐えきれず凍ってしまったこともあるし、ハリケーンの雨水で氾濫したこともある。ふだん穏やかに流れる川も、やはり自然の驚異だし、決して侮ってはいけないと感じる。

変わってイースト川は、「川(RIVER)」の通称だが、実際には海峡であって川ではない。そして、この川に架けられた橋はなんと10本。中でもBMWのニックネームで知られる、ブルックリン、マンハッタン、ウィリアムズバーグの3つの橋は有名で、筆者もブルックリン橋だけは歩いて渡ったことがあるが、古い歴史があるので、歩くだけでニューヨーカーを体感した気になったものだ (Wikipediaより:アメリカで最も古い吊橋の一つであり、同時に鋼鉄のワイヤーを使った世界初の吊橋でもある)。この5年ほどはクイーンズに住んでいるのでイースト川にもお世話になっている。

川の字の真ん中を通る肝心な一本の線マンハッタンは、一流の人たちが一挙に集まり、一期一会を演出する他に類を見ない唯一無比の街である。ここニューヨークで、エンパイアステートビルのように空へ向かって高々とそびえ立つことができれば、人の川に流されることなく、いつまでも、どこまでも、無限に「自分」という川の流れを作っていくことができるだろう。それが1本線の川でも5本線の川でも、長くても短くても、まっすぐでも曲がっていても、不格好でもいい。川は川であり続ける限り本質は変わらない。だから、自分もどうせなら川になり、流れを作りたいと常々思う。

[プロフィール]
河野洋、名古屋市出身、'92年にNYへ移住、'03年「Mar Creation」設立、'12年「New York Japan CineFest」'21年に「Chicago Japan Film Collective」という日本映画祭を設立。米国日系新聞などでエッセー、音楽、映画記事を執筆。現在はアートコラボで詩も手がける。

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