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ファクシミリ

今回のテーマ:ふるさと 

by 福島千里

日本を離れて20年以上経つが、昔に比べて海外生活は飛躍的に便利になったと思う(少なくとも私が暮らすアメリカ東海岸の都市部では)。ニューヨークでは日系食材店が増え、日本の品を容易に入手できるようになった。日本語が恋しくなれば日系書店やBookOffに行けばいい。ネット通販なら安くはないがたいていのものは取り寄せられる。日本ーニューヨーク間の物理的距離は10,844㎞。直行便で片道約14時間。90年代後半、渡米したての私にとって、この数字はとてつもなく遠いものに感じられた。けれども、その感覚的距離は今やテクノロジーの進化とともに劇的に縮まり続けている。

とりわけもっとも進化したのは通信手段だと思う。当時学生だった私にとって、国際電話は決して安いものではなかった。私の記憶が正しければ、日本との通話料金は1分間26セント(25~27円程度)程度。なんとなく安くも感じる数字だが、普段なかなか話せない家族や友人との会話が数分で終わるわけがない。会話に夢中になって、後に請求書を見て青くなるなんてこともしばしばあった。

そこで私の強い味方となったのがファクシミリ(Fax)だ(90年代以降生まれの方、通じてます?)。ニューヨーク市内のアパートでルームメイトたちと共同生活を送っていた当時は、各々が自室に固定電話を引いていた。私の固定電話はFax機能付きの優れモノで、このFaxこそが、当時まだ一般家庭へのインターネット(しかもモデム通信!)普及期にあったニューヨークと日本を繋ぐ鍵となったのだ。

要件を用紙に書きまとめ、送信する。送信時間は1分未満。たった26セントで大体の事務的要件が済む。時短・節約。いよいよ家族の声が聞きたくなったら、その時こそ電話すればいい。しかし予め“安い”と分かっていると、日本とのFax通信頻度はおのずと増えた。時にその日の些細な出来事を、飼い猫の近況を。しまいには活字だけでは物足りなくなったのか、お互いのクリエイティブ精神に火が付き、イラストがついたり、やたらレイアウトが凝ったものになってくる。帰宅後、Faxの着信ランプが点滅しているのを見ると、「今日は誰からなにが届いたか?」と、わくわくする。そんな日々だった。

その後、インターネットの普及がさらに進み、驚異的に進化し続ける携帯電話の出現により、あのFax付き固定電話はいつしか私の生活空間から消えていった。

先日、部屋の掃除をしていたら、思いがけず当時のFax通信記録が出てきた。ファイルに納められた色あせた私信の束は、すでに印字がところどころ消え、読めないものも多い。当時、高校生だった妹のイラストや、変わらない母の貴重面な筆跡、近況を綴った友人たちの私信。その一枚一枚をめくりつつ、10,844㎞離れた私のもとへ絶えずエールを送り続け、故郷を常に近くに感じさせてくれた大切な人たちのことを思った。

時は2021年。ネットで世界中の誰とでも繋がれる今、ふるさとは本当に近くなったものだ。xxx

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写真:懐かしのFax通信記録(妹の許可とってます)。調子が悪いと時々受信不可に陥る。

◆◆福島千里(ふくしま・ちさと)◆◆
1998年渡米。ライター&フォトグラファー。ニューヨーク州立ファッション工科大学写真科卒業後、「地球の歩き方ニューヨーク」など、ガイドブック各種で活動中。10年間のニューヨーク生活の後、都市とのほどよい距離感を求め燐州ニュージャージーへ。趣味は旅と料理と食べ歩き。園芸好きの夫と猫2匹暮らし。

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